最新記事
シリーズ日本再発見

谷崎潤一郎はなぜ「女手の日本文学者」なのか...「漢字」と「ひらがな」が紡ぎ出す、日本語の表現世界

2024年03月29日(金)10時00分
石川九楊(書家)
谷崎潤一郎

谷崎潤一郎(1951年撮影) 角川書店「昭和文学全集31巻(1954年2月発行)」より

<「ひらがな語=女手」に魅せられた谷崎潤一郎だが、「男手」の漏れを隠すことはできなかった...。書家・石川九楊が谷崎の書から読み解く、文学の世界>

書家・石川九楊が錚々たる文士たちの書の筆蹟の尋常ならざる謎のような筆蝕(書きぶり)を敢えて「悪」と表現し、読み解いた『悪筆論──一枚の書は何を語るか-書体と文体』(芸術新聞社)より「両性具有の──谷崎潤一郎『春琴抄』」を一部抜粋。

◇ ◇ ◇

 
 

日本語とともに

zu2-720.png

谷崎潤一郎の書:「細雪」『墨59号』(芸術新聞社)/『悪筆論──一枚の書は何を語るか-書体と文体』(芸術新聞社) 365頁より

 
日本語は漢字語=男手とひらがな語=女手の混合言語であり、男と女の区別が不断に避けられない特異な言語である。

もっとも欧州の言語に男性詞と女性詞の区別、また漢字語にも女偏の多数の女性詞があるように、人間にとって、最初の、もっとも区別しやすく、根源的な差異の認識は、男か女かであったようだ。

ヒトとして同じであるはずなのに異なっていて、その違いを越えて人間として一体化しようとする文化的営為こそが、人類史であると言っていいかもしれない。
 
人間としての同一性と、男、女としての異質性──その矛盾を孕みつつ、そこに大いなる劇(ドラマ)を生産しつつ、人類史はつくられてきた。

日本語は、男=漢字語と女=ひらなが語の二重の言語の混合体であって音と訓──すなわち男と女が併列し、男詩(うた)=漢詩と女詩(うた)=和歌(さらには俳句)という二つの詩型、また男文=漢文と女文=和文という二つの文型を有する。

後者は、自然の性愛たる「四季」と、人間の四季たる「性愛」の表現を繊細かつ厖大に蓄積してきた。
 
西欧の「声」の単線言語学に洗脳され、まったくもって不毛な「国字国語論争」に明け暮れた近代の文学、言語学者とは異なり、実践的に日本語の文章を創造する谷崎は、漢字語とひらがな語の表現世界の違いの厄介さに耐え、これをふりさばいて創作しつづけた。

自ら告白するように、谷崎の主題はいきおいひらがな語=女語の世界に誘われていく。その中から『春琴抄』も『卍』も生まれた。『文章読本』では執拗に文字(漢字とひらがな)について突き詰めた。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=反発、アマゾンの見通し好感 WBDが

ビジネス

米FRBタカ派幹部、利下げに異議 FRB内の慎重論

ワールド

カナダはヘビー級国家、オンタリオ州首相 ブルージェ

ビジネス

NY外為市場=ドル/円小動き、日米の金融政策にらみ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    必要な証拠の95%を確保していたのに...中国のスパイ…
  • 7
    海に響き渡る轟音...「5000頭のアレ」が一斉に大移動…
  • 8
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 9
    【ロシア】本当に「時代遅れの兵器」か?「冷戦の亡…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中