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ベーブ・ルースは和服も着た 大谷翔平へと続く日米野球外交140年史

Babe Ruth in a kimono: How baseball diplomacy has fortified Japan-US relations

2018年05月31日(木)19時19分
スティーブン・ワイゼンセイル(米コネティカット大学教授〔専門は公共政策〕)

ロサンゼルス・エンゼルスで活躍する「二刀流」の大谷翔平選手 Kelvin Kuo-USA TODAY Sports

<アメリカから日本に野球がもたらされたのは1870年代。以来、野球は両国の外交手段ともなってきた。6つの転機を振り返る>

2001年2月9日(現地時間)、米国の潜水艦「グリーンビル」がハワイ沖で浮上し、日本の「えひめ丸」に衝突した。漁業の訓練を受けていた高校生たちが乗船していたえひめ丸は沈没し、生徒と教員合わせて9人が死亡した。

もし浮上したのが日本の潜水艦で、沈没したのが北朝鮮の船だったら、戦争に発展していたかもしれない。

しかし、日米両国はおなじみの外交手段に頼った。野球だ。事故の犠牲者に敬意を表するため、少年野球大会を開催することにしたのだ。愛媛県とハワイを1年ごとに行き来しながら、現在も野球を通じた交流が続けられている。

日米外交における野球の役割には、長く豊かな歴史がある。1870年代、米国の教育者ホーレス・ウィルソンと日本の鉄道技師である平岡ひろしが日本に野球をもたらし、人気のスポーツとなった。そして次第に、歴史も文化も全く異なる両国の人々を結びつける役割を果たすようになった。

1900年代に入ると、日米の大学チームによる親善野球大会が始まり、間もなくプロ野球チームも追随した。この文化交流は第2次大戦によって中断を余儀なくされたが、戦争が終結すると野球は、戦いの傷を癒やし、地政学的な敵国同士が忠実な同盟国となる手助けとなった。

筆者はフルブライト研究員として日本に滞在し、日米外交における野球の役割を研究した。そして、このユニークな歴史における6つの転機を突きとめた。

人々の心をつかんだベーブ・ルース

1934年、戦争の暗雲が立ち込める中、ベーブ・ルースを含むアメリカ選抜チームは日本で18試合のツアーを行った。

ベーブ・ルースは13本のホームランを放ち、日米の国旗を振り、子供たちとはしゃぎ、さらには着物をまとって、日本人たちの心をつかんだ。

現在、仙台市八木山動物公園にはベーブ・ルースの像が立っている。そこは、ニューヨーク・ヤンキースの偉大な強打者が日本で初めて打ったホームラン・ボールが落ちた場所であり、この場所を聖地と呼ぶ人もいる。

アメリカ選抜チームの監督を務めていたフィラデルフィア・アスレチックスのオーナー兼監督コニー・マックは帰国後、日米が戦争することは決してないだろうと発言した。

「日本中が強い反米感情を持っていた」と、マックは報道陣に語った。「だがベーブ・ルースがホームランを打つと、あらゆる反感や敵対心が一瞬で消え去った!」

残念ながら、ベーブ・ルースの訪日から7年後、マックは間違っていたことが証明されたが。

助っ人レフティ・オドール

第2次大戦の終結から4年後の1949年、米軍はいまだに日本を占領していた。

連合国軍最高司令官を務めていたダグラス・マッカーサー元帥は、占領と再建の監督責任を与えられていた。食糧不足と住宅不足は深刻で、文化的に無神経な米兵たちへの不満もくすぶっていた。マッカーサーは反米感情の高まりと共産主義者の反乱を恐れた。

ウェストポイントの米陸軍士官学校時代に野球をしていたマッカーサーは、野球が両国にとって文化的重要性を持つことを理解していた。そこでマッカーサーは、緊張を和らげる手段として、元メジャーリーグのスターで、マイナーリーグのチーム、サンフランシスコ・シールズの監督を務めていたレフティ・オドールを日本に呼んだ。

日本の人々はそのとき既にオドールをよく知っていた。オドールは1931年の日本ツアーでプレーした選手で、1934年にはベーブ・ルースに日本行きを勧めた人物だ。1936年に発足した日本プロ野球リーグの設立にも尽力している。

サンフランシスコ・シールズは、ベーブ・ルースのツアー以来、日本で初めてプレーしたアメリカの野球チームとなった。10試合で50万人の観客を動員し、米軍オールスターチームとの試合では1万4000人の戦争孤児を招待した。昭和天皇がオドールに面会して、オドールとシールズに感謝したという場面もあった。

マッカーサーは後に、オドールのツアーはこれまでに見た中で最高の外交だったと述べている。オドールは2002年、日本の野球殿堂入りを果たした。現在、日本の野球殿堂に入っているアメリカ人は3人しかいない。

日本野球を「ひとつにした」ウォーリー・ヨナミネ

1950年代前半、日本のチームオーナーたちは米国選手獲得の可能性を探り始めた。アメリカの才能ある選手を加入させることで、プレーの質を上げることが狙いだった。

しかし、戦争に起因するアメリカへの敵意はまだ残っており、ファンは「純粋なアメリカ人」選手を応援してくれないのではないかとオーナーたちは懸念していた。そこで、東京読売巨人軍のオーナー正力松太郎は、友人であったレフティ・オドールに協力を求めた。

オドールは米国務省に相談後、ウォーリー・ヨナミネ(与那嶺)を推薦した。ヨナミネは日本語を話さない日系アメリカ人で、当初は差別的なやじを飛ばされた。

それでも、戦後の日本野球を「ひとつにした」最初のアメリカ人として、ヨナミネは日本球界を大きく変えた。1951年から2017年までに、300人以上のアメリカ人選手がヨナミネに続き、日本の球団と契約している。

ヨナミネが日本に来た1951年は、サンフランシスコ講和条約が締結された年でもある。翌52年、アメリカによる日本占領が終結した。

サンフランシスコ・ジャイアンツの引き抜き

1964年、南海ホークスが左投げのリリーフピッチャー、村上雅則をアメリカに野球留学させた。村上はカリフォルニア州フレズノを本拠とするサンフランシスコ・ジャイアンツ傘下のマイナーリーグチームに派遣され、6月に帰国する予定だった。ところが、ホークスからの帰国要請はなく、村上はアメリカに残ることになった。

ペナントレースも佳境に入った9月、投手陣を補強する必要があったジャイアンツは、マイナーリーグから村上を昇格させた。サウスポーの村上はリリーフピッチャーとして大活躍。村上をチームに留めようとしたジャイアンツは、シーズン終了時、村上と契約する権利があると主張した。

日本側はこれに抗議し、結局、村上をもう1シーズンだけジャイアンツでプレーさせ、その後、日本に帰国させるという妥協案で合意することになった。それから30年以上、日本人選手がアメリカに渡ることは許されなかった。

日本の球団オーナーたちは、メジャーリーグがニグロリーグから優秀な選手を引き抜き始めてから、ニグロリーグに何が起きたかをよく知っていた。1947年、ジャッキー・ロビンソンがブルックリン・ドジャースに加入。ニグロリーグはその後、1958年までに消滅したのである。

日米の経済的緊張を和らげた「トルネード」

1980年代、日本経済は過熱状態にあった。1990年までに日本は1人当たりGNPでアメリカを追い抜き、米国民は日本の成功に腹を立て始めた。ロックフェラー・センターやユニバーサル・スタジオといった米国ビジネスの象徴を日本の投資家が次々と買収するなか、米自動車メーカーで働く人々はトヨタの車を破壊し、日本の貿易政策に抗議した。

(当時デトロイトで行われたトヨタ車が破壊されるデモンストレーションについて報道するニュース番組)


1995年、右腕投手の野茂英雄は契約の抜け穴を見つけ、26歳で「引退」を宣言すると、フリーエージェントとしてロサンゼルス・ドジャースと契約した。多くの日本人は野茂を裏切り者と呼び、実の父親すら口をきかなくなったという噂もあった。

しかし、ドジャースに加入してすぐ、野茂はスターになった。体を大きくねじるワインドアップ・モーションで打者を手玉に取り、オールスターゲームの先発投手に指名されたほか、最優秀新人選手賞にも輝いた。野茂の活躍によって、日本に対するアメリカ国民の反発は弱まり、日本の野球ファンも野茂を受け入れたのだ。

ポスティングシステムの導入

多くの日本人選手が野茂の後を追ってメジャーリーグを目指すようになった結果、日本の球団オーナーたちは当然ながら、「国家資産」を手放し、その見返りに何も得られないことを懸念し始めた。そこで1999年、日本野球機構はメジャーリーグ機構の協力を得てポスティングシステムを作った。

簡単に説明すると、まずは日本の球団がアメリカでのプレーを希望する選手を「ポスト」する。その後、メジャーの球団が選手との交渉権を獲得するために入札する。この妥協案は日本側を満足させたようだが、一方でメジャーの球団は日本人選手を厳選するようになった。

ポスティングシステムを使ってメジャーリーグに行った日本の有名選手には、イチローや松坂大輔、ダルビッシュ有、田中将大、前田健太などがいる。最も新しい例が大谷翔平だ。2017年のオフシーズン、ロサンゼルス・エンゼルスが北海道日本ハムファイターズに2000万ドルの譲渡金を支払って大谷を獲得。大谷は230万ドルの契約金を受け取った。

皮肉なことに、大谷はベーブ・ルースと同様、投手と打者の両方の才能を持っている。大谷はエンゼルスで両方の役割を担う。野球を通じて日米外交に貢献したスーパースターの遺産を受け継いでくれるかもしれない。

(翻訳:ガリレオ)

The Conversation

Steven Wisensale, Professor of Public Policy, University of Connecticut

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.

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