最新記事
シリーズ日本再発見

世界6位のレストランで開花した日本人シェフの美食哲学

2017年12月25日(月)20時39分
小暮聡子(本誌記者)

japan171225-3.jpg

前田が暮らす山の中の家。食卓には、飼っている鶏が産んだ卵や妻と一緒に育てた野菜が並ぶ KENJI TAKIGAMI FOR NEWSWEEK JAPAN

酔っていたとはいえ、やると決めたら有言実行。パスポートを取得し渡航資金をかき集め、約4カ月後にはスペインへ渡った。初の海外生活で、スペイン語はおろか英語さえ話せなかったが、辞書を片手にメモを取り続け、3カ月の研修生活を終了。帰国後は金沢のイタリア料理店「コルサロ」で3カ月間、料理のいろはを短期間でたたき込んでもらうと、再びアラメダの厨房に戻った。

山小屋暮らしで得た答え

エチェバリと出合ったのは約1年後。食事に訪れ、薪の火で調理する、プリミティブだが完結した料理にほれ込んだ。すぐにアルギンソニスに直談判して、雇ってもらえることになった。

しかし、行動力と一生懸命さで乗り切れたのはここまでだった。初日からサラダ担当になったものの、誰も何一つ教えてくれない。見よう見まねでサラダを作るが、毎日「ダメ」の繰り返し。唯一言われるのは「レタスが生きていない」ということだけ。「初めの頃は泣いてましたね。何で出来ないのかが分からなかったから」と、前田は苦笑いを浮かべる。怒られるだけの日々は1年ほど続いた。

突破口になったのは今から2年ほど前、町の寮を出てエチェバリがある人口100人程度の集落の山小屋に引っ越したこと。自宅で畑を耕し、鶏を飼う生活を始め、昔ながらのバスク人の暮らしに「無理やり」身を置いてみることでようやく「レタスが生きていない」という意味が分かったという。

店で出すレタスは収穫後2時間ほどしかたっていないとはいえ、畑で朝一番に見たときのほうがずっと生き生きしている。「野菜本来の生命力を毎日見ているので、店でもあれを出したいと思うようになった」と前田は語る。

japan171225-4.jpg

「火の味」を生む薪焼き KENJI TAKIGAMI FOR NEWSWEEK JAPAN

今では毎朝近くにあるアルギンソニスの大きな畑でさまざまな種類の野菜やハーブを収穫し、午前10時に船で届く魚や手元の食材を見ながらその日のコースを考えていく。朝試作をしたものをその日に出すこともある。

「自然から、ケツをたたかれている感じ」だと、前田は言う。「自然の環境は日々変わるし、新しい発見が毎日ある。今日は牛の乳がパンパンになっているかもしれない。湿度に弱いグリーンピースは、雨が降って暑い日が来るとカビが生えてしまう」。自然に翻弄される生活は、まるで農家のようだ。「おまえ、早くしないと置いていかれるぞ、という感覚。自然から何かを与えられているというより、置いていかれないように追い付こうと必死の毎日だ」と語る。

店に来た当時の前田を振り返り、アルギンソニスは「最初の年はうちがどういうコンセプトで、何をやっているのかさえ分かっていなかった」と笑う。だが今は「彼には哲学がある。そして私は彼の哲学に敬意を払う」と、最高の褒め言葉を口にした。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

JERA、米ルイジアナ州のシェールガス権益を15億

ビジネス

サイバー攻撃受けたJLRの生産停止、英経済に25億

ビジネス

アドソル日進株が値上がり率トップ、一時15%超高 

ワールド

EU、対ロシア制裁第19弾を承認 LNG禁輸を前倒
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺している動物は?
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 6
    汚物をまき散らすトランプに『トップガン』のミュー…
  • 7
    国立大卒業生の外資への就職、その背景にある日本の…
  • 8
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 9
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 10
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 8
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 9
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 10
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中