コラム

タカラヅカとWBCと霧社事件と

2013年04月05日(金)10時00分

 この春は日本と台湾に関するニュースが何かと多い。今月初めにワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本代表と台湾代表が東京で大接戦を演じたかと思えば、直後の東日本大震災2周年追悼式典では日本政府が台湾代表をほかの外国大使と同等にして扱ったことに抗議して、中国が参加を事実上ボイコットした。

 ハードニュースばかりではない。4月6日から日本の宝塚歌劇団が初めて台湾を訪れ、台北市の国家戯劇院で計12回公演する。1938年のヨーロッパ公演以来、これまで計24回、16カ国で公演してきたタカラヅカが台湾に行ったことがなかったこと自体が意外だが、すでにチケットは売り切れているという。日本人ファンによる追っかけだけで完売するはずもなく、背景に台湾人の間での親日感情の広がりがあるのは間違いない。

DSC_0927a.jpgのサムネール画像

台湾公演に参加する宝塚歌劇団星組のスター柚希礼音(中央)、夢咲ねね(右)、紅ゆずる(左)

 日本政府の台湾との窓口機関である交流協会が昨年6月に発表した2011年度の対日世論調査結果によれば、ほかの国を圧倒的に引き離して日本が「最も好きな国・地域」の1位だった(41%)。「最も親しくすべき国・地域」の1位である中国が、「好きな国」では8%と日本にはるかに及ばないのは、台湾人の本音をよく表している。

 一昨年の東日本大震災で世界最多の約200億円もの義捐金を集めたのも、日本を「最も好きな国」と日ごろから考えている証拠だ。それにつれて日本人の側にも台湾への感謝の気持ちは広がり、だからこそ先日のWBCでは東京ドームの日本人観客から自然と「謝謝台湾」というプラカードが掲げられた。政府間は(少なくとも建前上は)没交渉だが、民間レベルで空前の友好関係が築き上げられている――それが日台関係の現状だと、少なくとも日本側では認識されている。

 ただ昨年の交流協会の世論調査で、日本を「信頼できない」「非常に信頼できない」と答えた台湾人は計10%いた(「信頼できる」「非常に信頼できる」は計54%)。信頼できない最大の理由は「過去の歴史の経緯」(84%、複数回答可)だ。10%が多いのか少ないのか。54%の好意と比べればかなり少ないが、戦後まもなく70年になろうとしていることを考えれば、いまだに反日感情は根強いともいえる。

 今から4年前、NHKスペシャル「JAPANデビュー」が日本の台湾支配を一方的に悪と決めつけたと日本の保守派や台湾の親日派から猛抗議を受けた。番組の制作者たちが意識的にせよ無意識にせよ植民地支配の暗部を必要以上にクローズアップしたのだとすれば、それは単なる自虐史観というだけでなく、この「10%」の存在を過剰に意識した故ではないか、とも想像できる。

 先日、台湾映画『セデック・バレ』の魏徳聖監督にインタビューする機会があった(インタビュー記事はNewsweek日本版4月23日号に掲載予定)。『セデック・バレ』は、植民地時代の1930年に台湾中部で原住民セデック族が対日武装蜂起した「霧社事件」を描く4時間半の長編だ(4月20日に日本公開される)。映画では「首狩り族」であるセデック族に、日本人がこれでもかというぐらいに殺される。

 ただ『セデック・バレ』は反日映画ではない。魏監督が描こうとしたのは、日本の過酷な原住民支配では必ずしもない。もちろん当時差別的な扱いはあったし、だからこそ武装蜂起に至ったわけだが、魏監督がむしろ訴えたかったのは「他人の価値観を尊重する」という価値観だ。容赦なく相手の首を狩るセデック族は現代人から見れば野蛮の極みだが、狩った首の数こそが彼らの誇りの根源だった。自分たちの価値観を押しつけ、受け入れなければ殺そうとする文明は野蛮よりもっと野蛮だ――。魏監督はそう語っていた。

 魏監督によれば、台湾での観客の反応は「80~90%の人は受け入れ、その中でも50%の観客は映画を通じて自分たちの歴史について見つめ直し、残り10~20%が『どうしてこんなに殺さなければならないのか』と反発した」という印象だったという。台湾人にとって複雑な映画のはずだが、「50%が映画を通じて自分たちの歴史を見つめ直す」のなら、台湾人と台湾社会は相当に成熟している。そんな台湾の日本に対する親近感にも十分信頼が置ける。

 ひるがえって日本人と日本社会はどうだろうか。表面的な友情や中国が存在する故の連帯感に酔うだけでなく、台湾と日本が歩んできた歴史に向き合っているだろうか。

「台湾は旧宗主国の日本が与えてくれた恩恵にひたすら感謝し、島は今も親日家にあふれている」という価値観を押し付けるのも、「台湾がいまだに植民地時代の屈辱にとらわれ、日本人をひたすら恨んでいる」という価値観を押し通そうとするのも、魏監督に言わせれば「野蛮」にほかならないのだが。

――編集部・長岡義博(@nagaoka1969)

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米財務長官、FRBに利下げ求める

ビジネス

アングル:日銀、柔軟な政策対応の局面 米関税の不確

ビジネス

米人員削減、4月は前月比62%減 新規採用は低迷=

ビジネス

GM、通期利益予想引き下げ 関税の影響最大50億ド
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story