コラム

イラン映画でロックする!

2010年08月02日(月)19時35分

サブ3_opt.jpg

 西洋文化に対する規制が厳しいイランで、アンダーグラウンドで活動するミュージシャンたちを描いた映画『ペルシャ猫を誰も知らない』が、8月7日から公開される。

 主人公はアシュカン(写真、右から2人目)とネガル(左端)の若い2人。当局に見つかる度に逮捕と保釈を繰り返し、「もうこの国では音楽ができない」とイランを出る決心をしたところから物語は始まる。偽造パスポートとビザの仲介は、便利屋のナデルに頼むことに。だが、2人の音楽を聴いたナデル(お調子者だけど憎めないキャラ)は彼らの才能に感動し、「もったいない。国を出るなら、一度テヘランでライブをしてからにしろ」と説得する。「大丈夫。ライブの許可もとってやるし、パスポートの件も俺に任せろ」

 アシュカンとネガルは一緒にライブをやってくれるドラマーとギタリストを探すため、いろんなバンドに会いに行く。フォークロック、ヘビメタル、ジャズ、ラップ、・・・・・・。みんな当局の目をかいくぐりながら活動しているミュージシャンだ。練習場所は文字通り真っ暗なアンダーグラウンドだったり、牛小屋だったり(ヘビメタルを聞きすぎた牛たちが乳を出さなくなったという話は笑える)。

 実は、主役の2人をはじめ、出演者は大半が本物のミュージシャン。使われている楽曲も彼らのオリジナルで、ストーリーも彼らの経験に基づいているから、この映画のすべては現在のイランで実際に起きていることだ。

 政府の抑圧に負けまいと、もがき続ける若者たち──テーマは決して軽くないが、別にどんより湿っぽい作品には仕上がっていない。むしろ彼らのたくましさやバイタリティーに元気と笑いをもらい、イランの音楽シーンの豊かさに驚かされるだろう。

 また興味深いのは、この映画の着想から撮影過程が、映画の筋とぴったり重なっていること。新作の撮影許可がなかなか下りず、滅入っていたバフマン・ゴバディ監督が、偶然ネガルとアシュカンに出会ったのがきっかけだ。ゴバディ監督は彼らに自分と同じ表現者としての苦悩を見た。当局に無許可で17日間のゲリラ撮影を敢行。撮影中、2度拘束されたが、気転を利かしてうまく言い逃れたという。

 ネガルとアシュカンは最終テイクの4時間後にイランを出国、現在はロンドンで活動している。ほどなくゴバディ監督も母国を離れ、イラクに移った。

 イラクからインターネット電話で取材に応じてくれたゴバディ監督(公開前の来日はビザが下りず中止に)。タイトル『ペルシャ猫を誰も知らない』の「ペルシャ猫」は、映画に出てくるようなアングラミュージシャンを意味しているという。「ペルシャ」とは言うまでもなく、イランの昔の呼び名だ。でもそんな単純な話ではない。

 監督によれば、イランではペットを飼うことは『西洋かぶれ』だとして禁じられているため、犬でも猫でも散歩に連れ出したり、車に乗せて一緒に買い物へ、というふうにはいかないのだそうだ。特に犬に対して厳しく、「触った人も汚れてしまうと、政府が『不浄』のイメージを植えつけてしまった」。だから動物好きな人たちは家の中でこっそり飼わなきゃいけない。そして今回の出演者の中には、猫を飼っている人が多かったのだと言う。

「そこで、とても高価で人気があるのに家の中で隠れて飼わなきゃいけないペルシャ猫を、あれだけ才能があるのにアングラで隠れて活動しなきゃいけない彼らに重ねたんです」

 もう一つ、監督に確認したい、気になったことがあった。『誰も知らない』の「誰」とは一体誰を指しているのか? 

「私もあなたも、世界の人たちすべてです。誰も彼らの才能を知らない」

「そこにはイラン政府も含まれる?」

「政府は当然知っているでしょう。規制しているのだから」

「でも彼らの存在は知っていても、実力までは分かっていないのでは?」

「それも分かっています。だからこそ厳しく規制する。エネルギーあふれる彼らを恐れているのだから」

サブ1_opt.jpg


──編集部・中村美鈴

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、与那国島ミサイル配備計画を批判 「あらゆる干

ワールド

NZ中銀が0.25%利下げ、景気認識改善 緩和終了

ワールド

中国、米国産大豆を大量購入 米中首脳会談後に=関係

ワールド

アングル:世界で進むレアアース供給計画、米は中国依
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 8
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story