コラム

『ザ・コーヴ』上映中止と観る権利

2010年06月08日(火)15時39分

 やっぱりそうなったか。

 東京・渋谷の映画館「シアターN渋谷」に続いて、東京の「シネマート六本木」、大阪の「シネマート心斎橋」がドキュメンタリー映画『ザ・コーヴ』の上映中止を決めた。6月26日公開の予定だったが、全国の他の上映予定館はどういう判断をするだろうか。

 イルカ漁を告発するこの映画については、撮影が行われた和歌山県太地町の人々が反発したほか、右派団体「主権回復を目指す会」が公開を阻止すべく抗議行動を行っていた。外国人が撮った反日映画というレッテルは、08年の映画『靖国』のときとまったく同じ。そして同じく、一部の圧力に屈することになったのは何とも残念だ。もちろん配給会社、映画館としても苦渋の選択だったろうが。

 私は英語版、日本版とも観たが、特に評価できる作品だとは思っていない。それでも脅しをかけて、どんな作品かを自分の目で確かめたいと思っている人の権利まで奪うことには問題があるのではないか。「この映画は日本に対する精神テロ行為だ」と批判する側の行為もまた、言論や表現の自由に対する「テロ行為」と見なされても仕方ないのではないか。

 地元関係者の顔がそのまま映っている英語版のほうは制作側の「悪意」が感じられたのは確か。撮影妨害や抗議をする彼らが本当に悪役然としている。日本版ではその顔にモザイクをかけたり、誤っていた数字を訂正するなどの「配慮」がなされている。

 これは明らかなプロパガンダ映画だし、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞にふさわしいものかという疑問もある(同時期のノミネート作『ビルマVJ 消された革命』[日本公開中]のほうがよっぽど賞に値するはず)。イルカ漁を告発しているが、そこで捕獲したイルカを買い付けに来ている外国の水族館やシーワールドの人たちはどうなのか? アメリカ人だって肉食によって大量の動物を殺しているじゃないか――と、まあ、批判的な論点はいっぱい出てくるだろう。

 でもそれは観たい人が観に行って、それから判断すればいい。

――編集部・大橋希

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

シリア、イスラエルとの安保協議「数日中」に成果も=

ビジネス

米小売業者、年末商戦商品の輸入を1カ月前倒し=LA

ワールド

原油先物ほぼ横ばい、予想通りのFRB利下げ受け

ビジネス

BofAのCEO、近い将来に退任せずと表明
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 5
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story