コラム

一線を超えた香港デモ──「優秀な人材が潰されるシステム」はどこへ行く

2019年10月03日(木)16時20分

2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)蔓延の際には、社会福祉部の幹部として、親を亡くした子どもが高等教育を受けるための基金設立に従事し、2007年には開発局長としてクイーンズ埠頭の撤去に反対する住民の説得にあたり、「タフ・ファイター」とも呼ばれた。

このように住民目線の政策にかかわっていた林鄭氏は、しかし公務員として優秀で、指揮命令系統に忠実であるがゆえに、共産党体制を支える役人に徐々に変貌していった。

建設局長だった2012年、都市再開発の一環として、馬頭囲地区にあった不法建築の家屋を一掃する命令を下したが、中国政府と関係の深いエスタブリッシュメントが多い新界地区の不法建築物を黙認したことは、これを象徴する。こうして出世街道を進んだ林鄭氏は、2017年7月に行政長官に任命された。

風通しのよくない体制や組織のもとでは、優秀な人間ほど、その体制や組織から求められる目的に忠実であろうとして、結果的に多くの人々とかけ離れた方向に向かいがちだが、林鄭長官もそうした一人といえるかもしれない。

しかし、先述のように、香港政府にとれる選択肢はほとんどなく、実質的には中国政府が強権を発動するか、住民が納得する提案をするかしなければ、事態の収拾は難しい。いずれの場合も、林鄭長官が責任を問われ、「切られる」公算は高い。だとすると、将来の描きにくいシステムのもとで潰されるという意味で、林鄭長官は彼女を批判する若者と同じといえるだろう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

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プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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