コラム

誰もが泣く...通好みでない映画『とんび』を瀬々敬久監督はあえて作った

2023年07月28日(金)12時45分
『とんび』

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<日本映画界のヒットメーカー瀬々監督の『とんび』は定石を外さないベタな作品で、映画通には評価されないが......>

時代は昭和37年。三輪トラックを運転するヤス(阿部寛)は、けんかっ早くて酒とたばこが大好き。でも実は純情で一途。だからみんなから愛されている。そのヤスは美佐子(麻生久美子)と結婚して、もうすぐ一児の父となる。

これが映画『とんび』の冒頭。物語はこれ以降、ヤスが他界するまでの昭和の時系列を、時おり行きつ戻りつしながら進行する。

 
 
 
 

原作は重松清。かつてNHKとTBSがドラマ化している。つまり比較される。僕ならば手は出さない。しかし(経緯は知らないが)映画化された。監督は瀬々敬久。

登場人物はみな善人。つまり本作を一言にすればベタだ。展開もせりふも分かりやすい。定石を外さない。

瀬々についてはこの連載で、『菊とギロチン』(2018年)を以前に取り上げた。その後の瀬々は作品を量産している。『楽園』(19年)、『糸』(20年)、『明日の食卓』(21年)、『護られなかった者たちへ』(21年)と立て続けに発表し、『とんび』を経て『ラーゲリより愛を込めて』(22年)を監督し、『春に散る』は今年8月に公開予定だ。話題作は多い。特に『糸』や『護られなかった者たちへ』、『ラーゲリより愛を込めて』は、テレビCMを何度も見た記憶がある。

映画を分類する方法はいくらでもあるが、テレビでCMを打てる映画と打てない映画は明確に二分される。前者については製作側に資金力があることが前提で、主演俳優が客を呼べるスター(死語だ)であることも条件だ。

たった数年の間にテレビCMが放送される映画を何本も撮ることができる瀬々は、間違いなく日本映画界のヒットメーカーだ。でもそれだけではない。『菊とギロチン』の回の自分の文章を以下に引用する。

〈瀬々にはたくさんの顔がある。そもそもはピンク映画の巨匠だった。ドキュメンタリー作品も数多い。実際に起きた事件を題材にする社会派でもある。さらに大ヒットしたメジャー映画『感染列島』や『64ーロクヨンー』なども監督している。〉

大資本を背景に話題作を発表し続ける瀬々は、数年に1回、明らかに方向が違う作品を発表する。『菊とギロチン』や4時間38分の『ヘヴンズ ストーリー』、『友罪』、5時間14分の『ドキュメンタリー 頭脳警察』などがその系譜だろう。

共通することは(映画的に)アナーキーで分かりづらく、絶対に一般向けではないことだ。ノルマは果たしながら、貯金ができたら自分のテーマを追う。瀬々のこのスタイルは徹底している。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

欧州委、米の10%関税受け入れ報道を一蹴 現段階で

ワールド

G7、移民密輸対策で制裁検討 犯罪者標的=草案文書

ワールド

トランプ氏「ロシアのG7除外は誤り」、中国参加にも

ワールド

トランプ氏、イランに直ちに協議呼びかけ 「戦いに勝
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 7
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    コメ高騰の犯人はJAや買い占めではなく...日本に根…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story