コラム

『祭りの準備』黒木和雄の映画論「ドキュメンタリーとフィクションは全く違う」

2021年09月08日(水)20時30分

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<フィクションは本当にないものを全くでっち上げ、ドキュメンタリーはあるものをどうでっち上げるか──それが「決定的な違い」と黒木は語る>

黒木和雄監督が『祭りの準備』を発表したのは1975年。以前にこの連載で紹介した『竜馬暗殺』の翌年だ。たった1年しか空いていないのに、映画の肌触りはずいぶん違う。

本作の舞台は昭和30年代の高知県中村市(現・四万十市)。脚本家になる夢を胸に秘めながら信用金庫に勤める沖楯男が、夢をかなえるために単身で上京するまでの日々が描かれている。つまりこの作品は、脚本を書いた中島丈博の自叙伝だ。

『竜馬暗殺』が自主制作映画の究極であるならば、『祭りの準備』ははるかによくできている。主演は江藤潤。脇を固めるのは馬渕晴子、ハナ肇、竹下景子、そして黒木映画の常連である原田芳雄。しかし内容はすさまじい。地縁と血縁のしがらみが半端じゃない。高校を出たばかりの楯男(江藤)は、この時期の男の子のほぼ全てがそうであるように、性への好奇心と渇望に毎日悶々としている。特に幼なじみの涼子(竹下)に対しては、憧れと欲望が入り交じって自分でも何が何だか分からない。

とにかく登場する男と女たちがみなオスとメス。他のアクセントは酒と犯罪と左翼運動。信用金庫を退職して東京へと向かう楯男を見送る指名手配中の利広(原田)がいい。圧倒的にいい。そして切ない。

その黒木和雄監督に初めて会ったのは2002年。東京のミニシアターであるBOX東中野(現在はポレポレ東中野)で、『竜馬暗殺』上映後に行われたトークショーだった。黒木以外に是枝裕和や庵野秀明、緒方明などと月一でトークしていたこの催しは、その後に『森達也の夜の映画学校』とのタイトルで書籍化された。ちなみにその仕掛け人は、今年『きみが死んだあとで』を発表した代島治彦監督だ。

岩波映画製作所に就職した黒木は、20代の頃にはPR映画を撮り続けていた。僕は逆に20代は劇映画に浸っていた。つまり(こっちはまだまだチンピラだが)キャリアはほぼ真逆。劇映画とドキュメンタリーの差異について質問する僕に、黒木は以下のように答えた。「森さんの期待をちょっと裏切ることになりますけれども、ドキュメンタリーとフィクションは全く違いますね。(中略)フィクションは本当にないものを全くでっち上げますけど、ドキュメンタリーはあるものをどうでっち上げるかというね、決定的な違いですね」

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、1億7200万バレルの戦略石油備蓄を放出へ 来

ワールド

中東紛争拡大で世界の人道支援に深刻な支障、国連が警

ビジネス

PayPayの米IPO、公開価格は16ドル=ソフト

ワールド

米、新関税導入へ不公正貿易調査開始 日本も対象
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのミュージカル入門
特集:教養としてのミュージカル入門
2026年3月17日号(3/10発売)

社会と時代を鮮烈に描き出すミュージカル。意外にポリティカルなエンタメの「魔力」を学ぶ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」と言われる外国特派員の私が思うこと
  • 2
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃に支持が広がるのか
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 5
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」…
  • 6
    「邪悪な魔女」はアメリカの歴史そのもの...歌と魔法…
  • 7
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 8
    イランがドバイ国際空港にドローン攻撃...爆発の瞬間…
  • 9
    40年以上ぶり...イスラエル戦闘機「F-35I」が、イラ…
  • 10
    ホルムズ封鎖で中国動く、イランと直接協議へ
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」と言われる外国特派員の私が思うこと
  • 4
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 5
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃…
  • 6
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗…
  • 7
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 8
    日本の保護者は自分と同じ「大卒」の教員に敬意を示…
  • 9
    中国はイランを見捨てた? イランの「同盟国」だっ…
  • 10
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story