コラム

虚と実が融合する『仁義なき戦い』は何から何まで破格だった

2020年10月01日(木)11時25分

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<フィックスでの撮影が前提だったなか、カメラワークは手持ちブン回し。とにかくリアルな悪党面した俳優陣。現役ヤクザの演技指導──。あまりにメジャーだが、邦画を語るこの連載で避けて通るわけにはいかない>

邦画を語るなら避けては通れないシリーズがある。まあ別に避けてもよいのだけど、邦画というジャンルと自分の今の映画観をセットで語るなら、「仁義なき戦い」シリーズは、やはり避けるわけにはいかない。

......などと書き始めると、映画として評価していないと思われるかな。もちろんそんなつもりは全くない。ならばなぜこんな歯切れの悪い書き方を僕はしているのか。理由の1つはこのシリーズがあまりにもメジャー過ぎるから。関連書籍も数え切れないほど多い。この連載で扱う意味があるのだろうかと思いつつ、その後の日本映画(もちろん僕自身も含めて)に与えた影響を考えれば、やはり避けるわけにはいかない。

1973年1月に公開された『仁義なき戦い』は大きな話題になり、同じ年に2作目と3作目が矢継ぎ早に公開された。1974年にはさらに2作品が作られてシリーズは終了するが、その年末からは「新仁義なき戦い」シリーズが始まる。

今回の原稿を書くために資料に当たって知ったのだけど、「新仁義なき戦い」シリーズ最終作は公開が1976年。つまりたった3年半でシリーズ8本が製作・公開されたわけで、今の邦画の状況ではちょっと考えられない。

大学時代に名画座で初めて第1作を観たとき、まずはドキュメンタリータッチ(当時の自分がそんな語彙を持っていたはずはないが)のカメラワークに驚いた。この時期の映画青年が好んで見る邦画の多くは(黒澤にしても小津にしても溝口にしても)カメラはフィックスであることが前提だった。

『仁義なき戦い』はまさしく(今で言う)手持ちブン回し。特に冒頭の男たちの乱闘シーンは、まるで闇市にいた誰かが偶然撮った映像のようだ。逃げるチンピラと追うヤクザ。それを追うカメラ。撮影の吉田貞次はニュース映像の出身で、実際の商店街で無許可のまま(業界用語でゲリラ)撮影することも頻繁だったという。小型カメラを隠して撮ったこともあったようだ。つまり俳優たちにもカメラがどこにあるのか分からない。こうして虚と実が融合する。

さらに深作欣二監督は、時折スチールを挟み込みながら銃撃シーンを組み立てる。これもリアルだった。とどめは俳優たち。菅原文太に梅宮辰夫、松方弘樹に渡瀬恒彦に金子信雄など大御所だけでなく、川地民夫に川谷拓三、曽根晴美など、とにかくリアルなほどに悪党面の男たちだ。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

利上げの可能性、物価上昇継続なら「非常に高い」=日

ワールド

アングル:ホームレス化の危機にAIが救いの手、米自

ワールド

アングル:印総選挙、LGBTQ活動家は失望 同性婚

ワールド

北朝鮮、黄海でミサイル発射実験=KCNA
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32、経済状況が悪くないのに深刻さを増す背景

  • 4

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 7

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 8

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story