コラム

90年代渋谷の援交を描く庵野秀明監督『ラブ&ポップ』の圧巻のラスト

2020年10月09日(金)11時15分

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<『新世紀エヴァンゲリオン』『シン・ゴジラ』監督の庵野が初めて手掛けた実写映画。トパーズの指輪が欲しい女子高生と奇妙な性癖の男たち。何かを欲しいと思ったら、あらゆる可能性を試すのがいかにも原作の村上龍的>

今回の作品の監督は庵野秀明。と書けば、『シン・ゴジラ』を多くの人は思い浮かべるだろう。でも違う。『シン・ゴジラ』はこの連載で取り上げない。......いや、断定はしないほうがいいか。もしも連載が何年も続いて観た映画がほとんどなくなったら、やれやれと吐息をつきながら取り上げるかもしれない。ただし今はまだ、『シン・ゴジラ』について論評しようとは全く思わない。

ということで今回は、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版』制作終了後、庵野が初めて手掛けた実写映画『ラブ&ポップ』だ。原作は村上龍。だからストーリーは知っていた。でも『新世紀エヴァンゲリオン』を監督した庵野がどのように実写映画を撮るのか(脚色はエヴァンゲリオン時代から庵野と組んでいた薩川昭夫)、その興味から劇場に足を運んだ。

主人公の裕美は女子高生。趣味は写真を撮ること。もうすぐ夏休みで、裕美は仲の良いクラスメイト3人と一緒に渋谷へ水着を買いに出掛ける。

これが発端。その後に裕美が国際的なシンジケートに誘拐されるとか、ひそかに憧れていた男子高校生が目の前で死んでしまうとか、渋谷の街に巨大な怪獣が現れるとか、映画的展開が始まるわけではない。

水着を買うために入ったデパートで、裕美はたまたま目にしたトパーズの指輪が欲しくてたまらなくなる。でも価格は12万円。女子高生に買える金額ではない。ならば諦めるのか。諦めてこれまでと同じような日常を送るのか。諦めたくない。でも女子高生がデパート閉店までの限られた時間で、どうやったら12万円を稼げるのか。

結論は1つ。援助交際だ。それしかない。

このあたりはいかにも村上龍的だ。何かをやりたいと思い付いたならば、思い付いた今すぐにやらなければダメなのだ。何かを欲しいと思ったのなら、あらゆる可能性を試すのだ。

ただし4人は、特に素行に問題があるワルではない。今どきの女子高生だ。こうして渋谷を舞台に、4人のささやかな冒険が始まる。まずは伝言ダイヤルに電話するが、そこで一騒動。誘いに応じる男たちは、いずれも彼女たちが知らなかった性癖の男たち。これ以上ないほどにグロテスクで悪趣味だ。その意味では米映画『真夜中のカーボーイ』の女子高生版。彼女たちは惑う。これが年配の男性のスタンダードなのか。普通なのか。みんなこうなるのか。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国工業部門利益、1年ぶり大幅減 11月13.1%

ワールド

ミャンマーで総選挙投票開始、国軍系政党の勝利濃厚 

ワールド

米北東部に寒波、国内線9000便超欠航・遅延 クリ

ワールド

米、中国の米企業制裁「強く反対」、台湾への圧力停止
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌や電池の検査、石油探索、セキュリティゲートなど応用範囲は広大
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 9
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 10
    【クイズ】世界で最も1人当たりの「ワイン消費量」が…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story