冷泉彰彦
プリンストン発 日本/アメリカ 新時代

アメリカで「転売ヤー」問題が少ない理由

2022年06月22日(水)15時00分

日本では転売目的の買い占めが問題になっているが…… stellalevi/iStock.

<市場原理で価格が変動することがアメリカでは許容されているが、格差社会が露骨に価格に反映されることは良いことではない>

商品を買って楽しむのではなく、転売目的で仕入れるために買い占めに走る行為が日本では後を絶ちません。いわゆる「転売ヤー」の問題です。買い占め行為が横行することで、消費者が適正な価格で商品を入手できなくなるわけで、社会的には迷惑行為以外の何物でもありません。

このような転売目的の買い占めについては、アメリカでもゼロではありませんが、大きな社会問題にはなっていません。反対に、転売目的のオークション出品というのは普通のことですし、スポーツの試合やコンサートなどイベントのチケットについても、再販売市場があり、転売をするのも、それを買うのも、転売に関する社会的な批判は限られています。

では、アメリカの場合は、問題はないのかというとそうではありません。まず、イベントのチケットですが、21世紀に入ってネット通販が普及すると急速に再販売市場が活性化しました。その結果として、野球のワールドシリーズや、人気バンドの夏のツアーなどのチケットは、正規ルートで買えなかった人の需要に応える形で一部が「プラチナ化」しました。

こうした事態を受けて、特に有名なミュージシャンのツアーであるとか、またNFLのプロフットボールの試合のチケットについては、主催者が再販売業者と提携する中で、よりきめ細かく需要と供給をコントロールするようになりました。その結果、市場原理が働く中で正規料金が上昇する、と言いますか変動料金制度とでもいうような状況になっています。

ガガのチケットが40万

例えば、この夏のツアーの中で最も前人気の高いものの一つである、レディー・ガガの「クロマティカ・ボウル」と銘打ったツアーのニュージャージー州公演(8月11日)の場合は、かなり満員御礼に近い状況になっており、舞台の至近距離のチケットは1枚3000ドル(約40万円)になっています。NFLのフットボールの場合も人気チームのペイトリオッツの主催ゲームはフィールドに近い席では1000ドル(13万円)以上で、最安でも300ドル(4万円)ですが、ジェッツの場合は同じAFC東(地区)のチームですが、その3分の1だったりします。

つまり、市場原理が露骨に反映してしまい、人気化したチケットは富裕層にしか手が届かないという結果となっています。NFLの場合は、コアのファンは庶民階層ですが、彼らのために一部のスタジアムでは、BBQをしながらネットやラジオで観戦するために駐車場を開放したりしています。つまり格差社会がそのまま購買力の差になり、それが価格差に反映するということが、社会的に許容されてしまっているのです。決して良いことではないと思います。

その意味で、日本の場合は転売を規制することで、イベントのチケットを常識的な範囲に収める努力をしているわけで、こちらの方が合理的と言えます。スポーツやカルチャーというのは、夢があってこそ成り立つカルチャーであり、露骨に格差社会が価格に反映するようでは、夢は雲散霧消してしまうからです。

一方で、アメリカの場合は「商品が人気化すると転売価格が高騰する」という現象は、あまり話題にはなりません。トレーディング・カードや、記念コインなどが希少価値で高騰することはありますし、現在はやや鎮静化しているものの、昨年末からの中古自動車市場の高騰という現象はあります。

プロフィール
プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
話題のニュースを毎朝お届けするメールマガジン、ご登録はこちらから。
注目のキーワード
注目のキーワード
トランプ
投資
本誌紹介
特集:高市早苗研究

本誌 最新号

特集:高市早苗研究

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中

人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 5
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    海に響き渡る轟音...「5000頭のアレ」が一斉に大移動…
  • 8
    必要な証拠の95%を確保していたのに...中国のスパイ…
  • 9
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 7
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 8
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 9
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 10
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
もっと見る
ABJ

ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号 第6091713号)です。