コラム

新疆の綿花畑では本当に「強制労働」が行われているのか?

2021年04月12日(月)11時45分

私が中国でのさまざまな報道を元にまとめた新疆での綿花農業の現状は以上の通りであるが、果たしてこれは「強制労働」であろうか。南疆の県政府などが農民たちに出稼ぎに行くことを熱心に奨励している様子は先のビデオからも伝わってくる。ただ、その目的は農民たちの収入を増やして貧困家庭をなくすことなので、綿摘みに行った人々を低賃金でこき使ったりしたら元も子もない。県政府が農民たちを綿花畑への出稼ぎに「動員」したのは間違いないが、「強制」したとはいえないと思う。

では欧米ではなぜ「強制労働」と断じられているのだろうか。

まずBBCの記者ジョン・サドワースが書いた「中国の汚れた綿」を見てみる(BBC,2020)。ここには綿花畑での「ウイグル族の強制労働」を裏付ける独自の情報は特に示されておらず、主に共産主義犠牲者記念基金のエイドリアン・ゼンツが書いたレポート(Zenz, 2020)に依拠している。

ではゼンツがどう書いているかというと、実は上で私が書いたのとほぼ同じ内容である。種を明かせば、ゼンツは現地を調査したわけでも亡命者にインタビューしたわけでもなく、もっぱら中国の報道記事を元にレポートを書いており、親切にもそれら元記事へのリンクをレポートに注記している。そこで私はゼンツのレポートからその元記事をたどって読んで、上の内容を書いたのである。

中国の報道の曲解に基づく「強制」説

ゼンツは中国の報道記事を元に「強制労働が行われている」と断じるのであるが、もちろん中国の報道記事には強制労働させているとはどこにも書いていない。ゼンツはさすがに自分の議論に無理があると自覚しているのか、「強制と同意との境はあいまいである」としている。

戦略国際問題研究所のエイミー・レールらによる2本のレポート(Lehr and Beckrakis, 2019; Lehr and Wu, 2021)も新疆での強制労働の存在を主張している。2019年のレポートでは、生産建設兵団では刑務所も運営しているので、その服役者たちが農場や工場で働いている可能性を示唆している。ただ、その典拠は別の人たちが書いたレポートで、レールらが独自の証拠を示しているわけではない。

レールらは新疆の再教育施設に入っていた人たちにインタビューをしており、そのうちの一人が「工場で働くか、さもなくば再教育施設に入るかだと言われた」と証言したという(Lehr and Beckrakis, 2019, p.6)。

これがこのレポートで示されている新疆での強制労働の存在を示す唯一のエビデンスであるが、これは明らかに綿花農業とは関係がない。一方、2021年のレポートの方は新疆で強制労働が行われているということを前提に繊維・アパレル産業でどうやって新疆産品を使わないようにするかを論じたもので、強制労働の存在に関する証拠を提示しているわけではない。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国、年金基金のポートフォリオ見直しへ 為替変動と

ビジネス

エンブラエル、2年以内に年間納入100機目指す=幹

ワールド

対カナダ通商合意「第三国を念頭に置かず」 中国が米

ワールド

マクロスコープ:住宅コスト高騰、国内消費の重荷に 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:「外国人問題」徹底研究
特集:「外国人問題」徹底研究
2026年1月27日号(1/20発売)

日本の「外国人問題」は事実か錯誤か? 7つの争点を国際比較で大激論

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 2
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰に地政学リスク、その圧倒的な強みとは?
  • 3
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 4
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 5
    「外国人価格」で日本社会が失うもの──インバウンド…
  • 6
    「楽園のようだった」移住生活が一転...購入価格より…
  • 7
    私たちの体は「食べたもの」でできている...誰もが必…
  • 8
    麻薬中毒が「アメリカ文化」...グリーンランド人が投…
  • 9
    「20代は5.6万円のオートロック、今は木造3.95万円」…
  • 10
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 1
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 2
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 3
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 4
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味…
  • 5
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 6
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 7
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 8
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 9
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の…
  • 10
    麻薬中毒が「アメリカ文化」...グリーンランド人が投…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 7
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 10
    中国軍の挑発に口を閉ざす韓国軍の危うい実態 「沈黙…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story