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フォトグラファーGのフォトブログ

遺体写真をめぐるアメリカ政府の偽善

2009年09月16日(水)12時16分

 まずは、2カ月もブログを更新しなかったことを謝りたい。言い訳をいすると、この間、私はハーバード大学でジャーナリストを対象としたニーマン・フェロー・プログラムに参加するため、家族をアメリカに呼び寄せていた。子供を新しい学校に入学させるなど、新しい生活を始めることにかかりっきりになっていた。

 今回はAP通信のカメラマンが撮影した、瀕死の米海兵隊員の写真をめぐってアメリカで加熱している議論について考えてみたい。多くの新聞が掲載を拒み、アメリカ政府が公表を止めようとしたのが下の写真だ。見てわかるように、写真には致命傷を負った直後の海兵隊員が仲間に囲まれる姿が写っている。

AP通信「Death of a Marine: A photographer's journal」14枚目


 AP通信は、この写真を配信すべきかどうか社内で議論したため、撮影から配信まで数週間かかった。配信という最終的な判断は正しかったと思うが、私がショックを受けたのは結論までにかかった時間の長さだ。被写体がパレスチナ人の死体だったら、こんなに時間がかかっただろうか。

 ロバート・ゲーツ米国防長官は写真の配信前、AP通信のトム・カーリーCEO(最高経営責任者)に電話し、写真は遺族に「多大な痛み」を与えるとして公表をやめさせるべく圧力をかけた。実際に配信されると、「攻撃で重傷を負った息子の写真を配信するという慈悲と常識に欠けた(カーリーの)判断には驚くばかりだ。法律やポリシーや憲法上の権利の問題以前に、判断力と良識の問題だ」と記した書面を送りつけた。

■米メディアのダブルスタンダード

 この問題についてとくに不安を感じるのは、米政府はかつて、自らイラク人(サダム・フセイン元大統領の2人の息子、ウダイとクサイ)の遺体写真を公開したことがあるということだ。さらに米軍兵士には、ブログにアフガニスタン人やイラク人の遺体写真を載せることを許している。従軍メディアにも、戦争捕虜の写真の撮影を許可している。こうした行為の多くは完全にジュネーブ条約(13条)に抵触する。

 だが政府は米兵に犠牲者が出ている事実や、国民に不人気な戦争で人命が失われているという事実を人々に見せつける写真には過敏に反応する。メディアがこうした現場のリアルな写真を使おうとすると、激しい非難を始める。

 アメリカ国内で、瀕死の海兵隊員の写真を掲載した新聞はごく一部だった。だが掲載しなかったこれらの新聞も、外国の兵士や子供、市民の遺体写真は簡単に掲載するし、犠牲者の家族を気遣う議論などされはしない。こんなダブルスタンダードや偽善は許されるものではない。

 戦争の犠牲者を撮影したときは、公開まで十分な時間をおくのが慣例だ。それは犠牲者の家族に、写真が紙面に掲載される前にその死を伝える時間を作るためだ。私も周りのカメラマンも皆、これを受け入れている。私が受け入れられないのは、映画のように戦争を美化するため、悲惨な部分にふたをしようと犠牲者の写真を隠そうとすることだ。外見だけを取り繕うのは、戦争の長期化を招くことにしかならない。

 アメリカに限らず兵士たちは、ほぼ例外なく自身の苦しみや犠牲を記録に残すことに協力的だ。彼らは一様に、「ここで起きている真実を、故郷の人々に見せてくれ」と言う。

 アフガニスタンの塹壕ではなく、アイオワの自宅では戦争の悲惨さなど感じられないと彼らは知っている。だからこそ、リアルな姿を伝えてほしいと願っているのだ。

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BLOGGER'S PROFILE

ゲイリー・ナイト

1964年、イギリス生まれ。Newsweek誌契約フォトグラファー。写真エージェンシー「セブン(VII)」の共同創設者。季刊誌「ディスパッチズ(Dispatches)」のエディター兼アートディレクターでもある。カンボジアの「アンコール写真祭」を創設したり、06年には世界報道写真コンテストの審査員長を務めたりするなど、報道写真界で最も影響力のある1人。

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