コラム

修整の是非より写真の「誠実さ」を問え

2010年10月20日(水)13時26分

 このところ、写真の修整をめぐる議論が盛んだ。写真編集ソフトのフォトショップや、露出の異なる複数の写真を合成処理するハイダイナミックレンジ・イメージング(HDRI)などの手法を用いることの是非については、私も考えさせられることが多かった。写真の見せ方の問題について、また写真に手を加えることの問題について、この場を借りて議論してみるのもいいかもしれない。

 現実を何らかの形で表現するとき、そこには常に「芸術的な自由」が入り込む。写真に手を加えることは、写真そのものと同じくらい古い歴史がある。たとえば19世紀のフランス人写真家ギュスターヴ・ル・グレイは1850年代、複数のネガを1枚の印画紙に複数回露光して画像を合成し、1枚の写真を作り上げた(作例)。それより前の時代でも、絵画や木版画、詩、文章などで現実を表現しようとするとき、そこには作家が実際に体験した「現実」と同じくらい作家の「想像力」が反映されていた。つまり、現実に手を加えて表現することは、何も目新しいことではないということだ。それなのに私たちは、大げさに衝撃を受けたり驚いたりする。

 私が思うに、写真を修整する技術をめぐって議論が白熱し、過剰なエネルギーが費やされている一方で、写真の誠実さや正当性に関する議論は不十分なようだ。写真技術の進化は止めようもないが、写真の誠実さについては立ち止まって考えることができる。手を加えられていようがいまいが、現実をそのままの形で映し出せる写真など1枚もない。写真家がフレームに入れ込まなかったものだって、フレームに入れたものと同じくらい重要な意味を持つ。どんな写真も、現実をありのままに描き出すものではない。写真は現実の「断片」でしかないのだ。

 報道の現場で働く写真家が、重要な出来事を写真に収めるような場合、写真に手を加えることは許されない----この点については誰も異論はないだろう。だがどこで線引きをしたらいいのだろうか? ある文化では受け入れられることも、他の文化においては受け入れられないかもしれない。どのやり方を「正統」だと思えばいいのだろうか。どうやって規則をつくるのか。つくったとして、それをどう監視していくのか。

 現実に起こったことを報道写真として掲載する場合には、出版元に写真を精査させ、手を加えていない誠実なものだと保証させるのはどうか----私たちができることといったら、おそらくこの程度だろう。それも、掲載する写真を1枚残らず検証したことを明記させなければならない。もしもその写真が誠実さや正当性に欠けることが判明した場合には、出版元と写真家の名前を公表すればいい。出版元は信用性もブランドも傷つくことになり、その写真家は二度と雇われることはない。
 
 この方法で、掲載する写真が誠実なものであることを出版元と写真家に保証させることができる。技術の進歩を必死に追いかけながら規則をつくり続けるよりも、このほうがずっと簡単だろう。

プロフィール

ゲイリー・ナイト

1964年、イギリス生まれ。Newsweek誌契約フォトグラファー。写真エージェンシー「セブン(VII)」の共同創設者。季刊誌「ディスパッチズ(Dispatches)」のエディター兼アートディレクターでもある。カンボジアの「アンコール写真祭」を創設したり、08年には世界報道写真コンテストの審査員長を務めたりするなど、報道写真界で最も影響力のある1人。

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