コラム

人権問題に目をつむり、W杯に賛辞...小国カタールに、なぜ欧米はここまで「甘い」?

2022年12月17日(土)13時24分

今年1月、ジョー・バイデン米大統領はホワイトハウスでタミーム首長と会談し、カタールを北大西洋条約機構(NATO)非加盟の主要同盟国と位置づけた。両国はW杯の安全と成功を確保するため緊密な省庁間協力を拡大することを約束した。アントニー・ブリンケン米国務長官が大会期間中、ドーハを訪れ、米国対ウェールズ戦を観戦する熱の入れようだ。

米国はアフガニスタンから人々を安全に移送する最前線に位置するカタールに負うところが大きい。中東の平和と安全保障を推進するため同国との協力関係を強化している。カタールは湾岸地域での米国の最も緊密な軍事パートナーの一つで、アル・ウデイド空軍基地には18カ国を受け入れる西側の航空作戦センターもある。

「ワン・ラブ」腕章着けたドイツ内相のささやかな抵抗

史上最も高額な2200億ドル(約30兆円)をかけたW杯カタール大会の費用は前回18年のロシア大会の約20倍と言われる。8万人収容のルサイルスタジアムで開かれる閉会式にはバイデン大統領代表団も出席。カタールが労働者の権利拡大、労働法の施行、人身売買撲滅に向け前進していることに米国がお墨付きを与える格好だ。

人権問題に厳しい欧州も背に腹は代えられない。ウクライナ戦争でロシア産エネルギーからの脱却を進めるため、欧州はアフリカの天然ガス開発に拍車をかける。カタールは世界一、二を争う液化天然ガス(LNG)輸出国。輸出先の8割は韓国、インド、中国、日本などのアジア諸国だが、パイプラインと違って持ち運びできるカタールのLNGに欧州も熱視線を注ぐ。

ドイツのナンシー・フェーザー内相(社会民主党)は日本対ドイツ戦をスタジアムで観戦、国際サッカー連盟(FIFA)のジャンニ・インファンティーノ会長の隣で性的マイノリティや人権への寛容を象徴する「ワン・ラブ」腕章を着けてささやかな抵抗を示した。しかし大会をボイコットしなかったことがドイツの苦しいエネルギー事情を物語る。

フランスのエマニュエル・マクロン大統領も準決勝のフランス対モロッコ戦を観戦し、カタールのW杯を支援した。欧州連合(EU)欧州議会のエヴァ・カイリ副議長(44)=ギリシャ選出=ら4人が起訴された汚職スキャンダルもカタールのロビー攻勢の激しさを浮き彫りにした。

インファンティーノ会長はカタール大会がキックオフする直前、「西側は他国に道徳的教訓を与える立場にない」と、自分に甘く他人に厳しい西側特有のダブルスタンダードと偽善を非難した。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国の世界的な融資活動、最大の受け手は米国=米大学

ビジネス

S&P、丸紅を「A─」に格上げ アウトルックは安定

ワールド

中国、米国産大豆を買い付け 米中首脳会談受け

ビジネス

午後3時のドルは155円前半、一時9カ月半ぶり高値
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 3
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 9
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 10
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 10
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story