コラム

「何百万人に憎まれている」 ロシア国民と中国は、なぜゴルバチョフが嫌いなのか

2022年09月01日(木)20時27分
ミハイル・ゴルバチョフ

訪米したゴルバチョフ氏(1987年) Gary Hershorn-Reuters

<死去したゴルバチョフ元大統領はロシアで多くの国民に憎まれ、中国からも「重大な過ちを犯した」と非難されるようになった>

[ロンドン発]ソ連末期に「ペレストロイカ(改革)」を推進、冷戦を終わらせノーベル平和賞を受賞したミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領が8月30日、入院先のモスクワ市内の病院で死去した。91歳だった。その功績は米欧では高く評価されたが、ロシアでは「20世紀最大の地政学的大惨事」(ウラジーミル・プーチン露大統領)とソ連崩壊の責任を問われた。

ソ連崩壊から20年が経った2011年、元ソ連大統領副報道官アレクサンダー・リコタル氏は筆者に「1985年、ソ連には4万台のコンピューターしかなかったが、米国には400万台もあった。ソ連製品の92%は国際競争力を失っていた。ソ連を崩壊に導いたのはゴルバチョフ氏でもボリス・エリツィン元ロシア大統領でもなく、自然の帰結だった」と振り返った。

「ゴルバチョフ氏は市場の意味が分かっていなかった。成熟した市場が存在していればソ連を維持できただろう。彼は89年までに共産主義体制を壊して新しい体制を構築しなければならないと認識していたが、ソ連が崩壊するとは一度たりとも思ったことはなかった。ペレストロイカは潜水夫が水中をゆっくり上昇して減圧するように崩壊の衝撃を和らげた」

「彼は軍事力を使って権力を維持するより、改革が進む道を選んだ。91年にエフゲニー・シャポシニコフ国防相が『あなたの命令があればソ連崩壊を阻止する』と伝えた時も『軍事力行使という悪夢を考えることさえできない』と答えた。権力を失うことよりもペレストロイカの将来を案じたからだ。人間の命より重い政治目的などないという理想主義者だった」と振り返った。

「英国には永遠の友も永遠の敵もなく、永遠の利害関係者があるのみ」

マーガレット・サッチャー英首相の側近だったジェフリー・ハウ元外相(故人)は生前、筆者に「84年に訪英したゴルバチョフ氏はサッチャー氏に核軍縮という東西の共通利害に取り組み、冷戦の緊張を打開したいと意欲を示していた」と打ち明けた。このシグナルを受けたサッチャー氏はロナルド・レーガン米大統領に伝え、冷戦終結に邁進する。

当時、ソ連議会代表団長として訪英したゴルバチョフ氏は英南部チェッカーズの首相別邸でサッチャー氏と会談。同席したハウ氏によると、ゴルバチョフ氏は19世紀の大英帝国全盛期のパーマストン英首相の「英国には永遠の友も永遠の敵もなく、永遠の利害関係者があるのみ」という有名な警句を引用した。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 7

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 8

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 9

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 8

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story