コラム

ロシア「メディア封じ」の狡猾さ...自由な報道が死滅した今、国民は何を信じる?

2022年05月20日(金)17時10分
モニターのプーチン

Sergei Karpukhin-REUTERS

<ウクライナでの「『作戦』の全体像を伝えることに当局は苛立っていた」。発行停止となった独立系新聞ノーバヤ・ガゼータのロンドン特派員は語る>

[ロンドン発]「 私の新聞は報道管制が敷かれてから3月末まで1カ月近く発行を続けた。ウラジーミル・プーチン露大統領が署名した『偽ニュース法』は、クレムリンにとって不都合な真実を市民が語ると軽犯罪、影響が大きい新聞・ラジオ・TVは組織犯罪並みに扱われる厳しい内容で、モスクワのラジオ局や小さな民放TV局も閉鎖された」

昨年、フィリピンの女性ジャーナリストとともにドミトリー・ムラトフ編集長がノーベル平和賞を共同受賞したロシアの独立系新聞ノーバヤ・ガゼータのロンドン特派員ユージニア・ディレンドルフさんはロシア軍がウクライナに侵攻してからのロシア国内のメディア状況についてこう語る。

20220520kmr_rgp01.jpg

ノーバヤ・ガゼータ紙ロンドン特派員ユージニア・ディレンドルフさん(筆者撮影)

「『戦争』ではなく『特別軍事作戦』という言葉を使わなければならなかった。短期間で勝利を収められず、『作戦』はずるずる長期化した。ノーバヤ・ガゼータ紙が『作戦』という言葉を使いながら、包括的な全体像を伝えることに当局は苛立っていた。2回連続で通信・情報技術・マスコミ分野監督庁(ロスコムナゾール)から警告された」

何が検閲に引っ掛かったのか、法廷で真実を究明することは全く期待できなかった。当局の警告に従わなければ永久に新聞発行のライセンスを失う。次は警告ではなく、廃刊に追い込まれる恐れがある。編集委員会とジャーナリスト全員を集めて会議を開き、新聞の発行停止を決断した。ニュースサイトもそれから更新されていない。

メディア支配はエリツィン時代に始まった

ユージニアさんは「20世紀の終わり、ボリス・エリツィン大統領の政権後半から自由は崩れ始めた。今のロシアを覆う支配構造はエリツィン時代から始まっていた。再選を目指した1996年の大統領選でエリツィン氏の支持率は最初3%だった。誰もが再選は無理だと思ったが、オリガルヒ(新興財閥)が集まってエリツィン氏支持を決めた」と振り返る。

エリツィン陣営はPRのスペシャリストを雇って、なりふり構わぬ選挙戦を展開し、決選投票で共産党候補を退けた。「メディア支配と腐敗、市民社会を装う偽りの構造はプーチン氏以前に作られた。プーチン氏はそれを推し進め、完成させた。今や、いかなるメディアも国防省や外務省が発表する通りにしか報道できなくなった」と肩を落とした。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米耐久財コア受注、3月は0.2%増 第1四半期の設

ワールド

ロシア経済、悲観シナリオでは失速・ルーブル急落も=

ビジネス

ボーイング、7四半期ぶり減収 737事故の影響重し

ワールド

バイデン氏、ウクライナ支援法案に署名 数時間以内に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 2

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 3

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」の理由...関係者も見落とした「冷徹な市場のルール」

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 6

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 7

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    コロナ禍と東京五輪を挟んだ6年ぶりの訪問で、「新し…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story