コラム

カタルーニャ独立問題、神出鬼没プチデモンのゲリラ戦に翻弄されるスペイン首相

2017年10月31日(火)16時00分

10月27日、独立宣言を祝福する独立派の住民(筆者撮影)

[バルセロナ発]スペイン・カタルーニャ自治州の独立問題は、カルラス・プチデモン前州首相率いる分離・独立派が自治権剥奪と国家反逆罪(最高刑期30年)による訴追で完全にコーナーに追い込まれたかに見えた。しかし、プチデモンは姿をくらまして欧州連合(EU)本部のあるブリュッセルに高飛びしていた。12月に行われる州議会選の公平性を求めて外交戦を展開するとみられている。

昨年7月から3回バルセロナに入り、独立問題を取材してきた筆者は10月30日午前7時から州政府庁舎前に張り付いた。州政府に登庁したプチデモンや閣僚が片っ端から国家反逆罪で拘束されるという情報が流れていたからだ。世界中のメディアも州政府前から中継している。地元ジャーナリストが「午前8時ごろから職員が登庁し始める」とささやいた。

kimura20171031103202.jpg
半自動小銃を持って州政府庁舎に乗り付けた州警察(30日、筆者撮影)

何も変わっていない

午前8時半、カタルーニャ州警察のバン4台が次々と州政府庁舎に横付けした。中から半自動小銃で軽武装した警察官が下りてきた。いくら国家反逆罪という重罪とはいえ、相手は文民である。「やり過ぎだ。これではテロリスト扱いと変わらない」と思った。

しばらくして別の記者が「プチデモンが写真投稿サイト、インスタグラムに州政府庁舎の中庭から見上げた空の写真を投稿している」と画像を見せてくれた。しかし待てど暮らせど、現場は動かない。地元TV局の女性キャスターに尋ねると「プチデモンはこの庁舎にはいないわ。所属政党のカタルーニャ欧州民主党(PDeCAT)の会合に出ているそうよ」と言う。

確かなことは何一つ分からない。バルセロナに入ってから、こんな状況がずっと続いている。27日に州議会が独立宣言を承認、独立派住民は「スペイン国旗を下ろせ」と連呼したにもかかわらず、州政府庁舎の屋上ではずっとスペイン国旗とカタルーニュ州旗が風になびいている。

kimura20171031103203.jpg
州政府庁舎の屋上でなびくスペイン国旗とカタルーニャ州旗(筆者撮影)

独立宣言の公式文書は作成されていないという話さえある。10月1日の独立住民投票で投票を阻止しようとしたスペイン国家警察の治安部隊が住民約900人を負傷させる様子が大々的に報道され、世界中の目はカタルーニャ独立問題に釘付けになった。住民投票後ずっと、独立したのか、しないのか、プチデモンは一切、明言しなかった。「あいまい戦略」で、スペイン中央政府のラホイ首相はとうとう独立派の土俵におびき寄せられてしまった。

プチデモンはビデオメッセージで中央政府の自治権剥奪に対して「民主的な抵抗」を呼びかけた。独立派のカタルーニャ国民会議(ANC)、PDeCAT、政府機関の知人に「民主的な抵抗って何?」と問い合わせたところ、全員が「それを知っているのはプチデモンだけ」と首を傾げた。

国内にスコットランド独立問題を抱える英BBC放送はカタルーニャ独立派に冷たく、「プチデモンは独立強硬派に突き上げられている」と解説し続けてきた。しかしプチデモンの「あいまい戦略」は苦し紛れではなく、かなり前から用意周到に準備されてきたのではないだろうか。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、米が中印関係改善を妨害と非難

ワールド

中国、TikTok売却でバランスの取れた解決策望む

ビジネス

SOMPO、農業総合研究所にTOB 1株767円で

ワールド

中国、米国の台湾への武器売却を批判 「戦争の脅威加
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 2
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 8
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story