コラム

Facebookの仮想通貨リブラに、各国の通貨当局はなぜ異様なまでの拒絶反応を示しているのか?

2019年08月14日(水)16時55分

米国のムニューシン財務長官は7月15日、リブラについて「国家安全保障上の問題だ」とまで発言。翌16日に開催された米上院の公聴会では、議員からも批判の声が相次いだ。フランスで開催された主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議では、リブラの規制について早急な対応を取る必要があるとの認識で一致している。

世界経済を支配する米国の財務長官が「国家安全保障上の問題」とまで言及するのは尋常ではない。では、なぜ各国の通貨当局はここまでリブラに対して強い警戒感を示しているのだろうか。

マネロン対策は問題の本質ではない

マネーロンダリングの観点からリブラの危険性について指摘する声があるが、基本的にマネロンに関する議論は問題の本質とは考えない方がよい。仮想通貨は現金とは異なり、理論上、その行方を電子的に追跡できるので、リブラ利用者の身分確認を厳格化すれば、マネロンに対処するのはそれほど難しいことではない。

各国の通貨当局が本当に恐れているのは、リブラの流通によって、中央銀行が持つ巨大な利権が脅かされることである。

現代の通貨制度は、中央銀行が民間銀行を通じて金融市場を独占的に管理することで成立している。

わたしたちは中央銀行(日本の場合には日銀)に直接、口座を開くことはできない。中央銀行に口座を持てるのは、銀行など金融機関だけである。中央銀行は通貨を発行したり、回収するといった金融政策を行っているが、すべては銀行を通じて市場をコントロールする形になっている。中央銀行の存在は民間銀行の影に隠れて見えないが、背後で通貨を一元管理できることの影響力は凄まじく、その気になれば、中央銀行は景気を自由にコントロールできるといっても過言ではない。

金融業界では、各国の通貨当局関係者のことを「通貨マフィア」などと呼ぶことがあるが、こうした名称からも彼等が握る利権の大きさを伺い知ることができる。

しかも中央銀行は政治からの独立性が重要視されており、先進国の場合、政府が金融政策に介入することは原則としてできない仕組みになっている。

これは、政治的圧力から紙幣を乱発し、ハイパーインフレになることを防ぐための措置だが、こうした仕組みが、中央銀行の存在を聖域化し、外部からのチェックを入りにくくしている面があることは否定できない。また、そうであるからこそ、各国の政権はあらゆる手段を使って、中央銀行を可能な限り、自らの管理下に置こうと苦心することになる。

さらに言えば、民間企業であるにもかかわらず、銀行だけが他の事業者とは異なる立場に置かれ、経営が傾いても政府から救済してもらえるのは、民間銀行を通じて金融市場を支配するという通貨制度と密接に関係している。トランプ政権を見れば一目瞭然だが、中央銀行には常に政治的圧力がかかるので、筆者は、この制度には一定の合理性があると考えている。だが、特定の組織に対してある種の特権を認めることについては批判的な立場の論者も多い。

中央銀行という非民主的で微妙な存在

リブラはこうした中央銀行を基軸とした現代通貨制度の急所を突いた仕組みといってよい。もしリブラが普及した場合、中央銀行がコントロールできない通貨が市場に出回ることになり、中央銀行の支配力は大きく低下する。

安倍政権は日銀が大量の国債を購入してマネーを供給する量的緩和策を実施したが、この範疇に入らない通貨が存在していると、量的緩和策の効果はその分だけ確実に低下する。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネスなどの分野で執筆活動を行うほか、テレビやラジオで解説者やコメンテーターを務める。『お金持ちの教科書』(CCCメディアハウス)、『スタグフレーション』(祥伝社新書)、『本気で考えよう! 自分、家族、そして日本の将来』 (幻冬舎新書)など著書多数。

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