コラム

「公的年金が数兆円の運用損!」が、想定内のニュースである理由

2015年11月10日(火)16時05分

株式にシフトした本当の理由は、年金財政の悪化

 この数字は特別なものではなく、株式中心の運用スタイルに変更すれば、当然に予想される結果である。GPIFでは日本株の期待リターンを約6%、1年間で想定されるリスク(ボラティリティ)を最大(2σ=確率95%)で±50%としており、外国株もほぼ同様の数値を設定している。金融工学的な用語なので分かりにくいが、要するに、株式投資の収益率は年率で約6%と仮定しており、最悪の事態が発生した場合には、株価が半分になる可能性も考慮している、という意味になる。

 昨年12月、民主党の長妻昭議員はGPIFが想定する損失額について質問主意書を提出している。政府は、想定される最大損失額が約21.5兆円になるとの回答を出しているが、この数字は上記の金融工学的な前提条件から導き出せる数字とほぼ一致する。つまり、今回の株価下落で数兆円の損失が出ることは、当初から想定されていたということになる。

 ただ金融工学的には正しくても、これだけの損失額が出る可能性について、国民の間で十分なコンセンサスが得られているとは言い難い。実際に運用実績が公表された場合、数字の大きさに動揺が拡がり、政治問題化する可能性は否定できないだろう。

 先ほど筆者はGPIFの株式シフトについて、株価対策との批判が出ていたと書いたが、実は株価対策よりも、さらに切実な事情がある。それは年金財政の悪化である。

 公的年金は高齢化の進展で、年金の給付額が、年金保険料の徴収額を上回っており、GPIFの積立金は毎年3兆円程度減少している。つまり、何もしなければあと数十年で年金積立金がなくなってしまう状況なのだ。大きなリスクを覚悟してでも、期待リターンの高い株式にシフトしなければならない本当の理由はここにある。

 だが、年金運用の株式シフトは、国民的議論がほとんど行われないまま、拙速に進められてしまった。公的年金は国民にとって最後の拠り所となる資産である。高いリスクを取って年金の給付額を維持すべきなのか、安全性を優先する代わりに年金の減額を受け入れるべきなのか、意見は分かれるところだろう。ちなみに米国の公的年金は、全額が国債などの低リスク資産で運用されており、株式投資は行われていない。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

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