コラム

北方領土問題を解決する気がないプーチンに、日本はどう向き合うべきか

2019年08月28日(水)17時00分

ロシアでもデモに対する警察の過激な取り締まりが(モスクワ) SHAMIL ZHUMATOV-REUTERS

<実は足元が揺らぐ「剛腕」プーチンに、ウラジオストクの日ロ首脳会談で安倍首相は何を持ち掛ければいいか>

9月4日からウラジオストクで恒例の「東方経済フォーラム」が始まり、安倍首相はプーチン大統領とまたまた会談する予定になっている。北方領土問題が行き詰まっているなかで、首相はどうするつもりだろう。

米ロ関係は2007年頃から悪化し始めた。ロシアはアメリカの同盟国である日本に領土問題で譲るわけにはいかない。北方領土が臨むオホーツク海は、アメリカを狙う核ミサイルを搭載したロシアの原潜が潜航する戦略要衝なのである。といってロシアがトランプ米大統領と手を握れば、ロシアにとって日本の価値はますます下がる。

今、モスクワなどロシアの大都市では香港さながら週末になると若者がSNSで誘い合い、民主化を求める集会を繰り返している。人口の43%を34歳以下の若者が占めるロシアで、ソ連的な公安・治安機関に支えられたプーチン政権は社会から遊離しつつある。この半年ほどロシア全土で環境・景観問題、公安による過度の取り締まりに抗議するデモや集会が頻発している。

2024年には大統領の座を去ることが決まっているプーチンは、政府、特に公安機関への抑えが利かなくなりつつある。公安は反政府ブロガーや人権弁護士の自宅に夜半に踏み込み拘束するなど、スターリン時代さながらの行動を繰り返して、ますます国民の反発を呼んでいる。

つまりロシアは日本との領土問題に取り組む必要性を感じておらず、たとえ感じたとしても、領土問題での譲歩はプーチンの国内での立場をさらに弱化させるのでできない。それなのに日本はロシアを領土問題との関係でしか見ず、「望めよ、さらば与えられん」という二者取引、あるいは強者への陳情外交を執拗に繰り返すばかりだ。

「経済的に弱いロシアは、日本の助力を必要としているはずだ」と言う者が相変わらずいるが、ロシアの財政は今、先進国では最良で赤字がほとんどない。それにロシアの政治家は経済のことをあまり考えない。世界で自分のエゴをごり押しすることを「主権」の行使だと思い込み、そのエゴを経済力でなくもっぱら領土の大きさと核戦力でカバーしているのがこの国なのだ。

こういう状況では、日本が北方四島全てを諦めでもしない限り、平和条約は結べまい。そんなことを手掛けた政治家には、末代まで汚名が残る。北方領土を望む根室に記念碑の建てようもない。一方、北方領土問題のためにロシアと戦争するのはもちろん、関係をゼロにしろ、というのも大人げない。「領土問題は未解決」という言質を取る一方で、日本にも得になる開発案件を提案したらいい。

領土問題解決への布石を

シベリア・極東の大森林は近年、中国に木材を輸出するため乱伐され、6~7月の大規模な山火事の原因にもなっている。これを捉え、少量の木材で多額の利益を生むことのできる「セルロース・ナノファイバー」の製造プラント建設を提案してもいい。さらに北朝鮮との国交樹立をにらみ、日本・ロシア極東・朝鮮半島・中国東北地方の間での交易促進、インフラ建設案を打ち出せば、北朝鮮に対しても呼び水となるだろう。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

企業のAI導入、「雇用鈍化につながる可能性」=FR

ビジネス

ミランFRB理事、0.50%利下げ改めて主張 12

ワールド

米航空各社、減便にらみ対応 政府閉鎖長期化で業界に

ビジネス

米FRBの独立性、世界経済にとって極めて重要=NY
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの前に現れた「強力すぎるライバル」にSNS爆笑
  • 4
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 7
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 8
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 9
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 10
    約500年続く和菓子屋の虎屋がハーバード大でも注目..…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story