コラム

ブレア元英首相のナイト爵位に100万人超が剥奪要求する理由

2022年01月13日(木)13時45分
ブレア元首相

イギリスの首相経験者は大抵嫌われるが、ブレアの嫌われようは際立っている(2021年6月6日) HENRY NICHOLLS-REUTERS

<ブレア元首相がナイトの爵位を受勲したことに、イギリス人の怒りが爆発。少なからぬ実績のある首相経験者なのにここまで嫌われているのは、イラク戦争の誤りだけでなく、その人格に「だまされた」感が強いから>

数年前、あるコメディアンがすごく笑えるネタをやっていた。道行く人を呼び止め、トニー・ブレア元英首相を聖人に、との請願書に署名してもらおうというのだ。このジョークがおもしろかったのは、単にブレアに宗教的地位を与えるのがばかばかしいというだけでなく、呼び止められた人々がそのばかばかしさに思わず身悶えする様子を隠しカメラで映していたからだ。

そして今、僕たちはあの時とは真逆の立場に置かれている。百万以上の人々が、新年の叙勲で授与されたブレアのナイトの爵位を剥奪せよ、との請願に署名しているのだ。どうやらこの請願は成功しそうにない。首相経験者たちは常々、こうした形で栄誉を授けられてきた。もしもブレアがトランプ米大統領さながらに憲法を破壊し、権力にしがみついていたのなら、話は違っていただろう。でも、イギリスでは大半の歴代の元首相たちがかなりの恨みを買っているだけに、単にとても不人気だった元首相というだけでは、ナイトの爵位は止められないだろう。

それでもブレアは他の首相経験者たちよりもっと不人気で、それにはイギリス国外であまり理解されていない理由がいくつもある。まずは、イラク戦争だ。彼はタカ派的だった米政権に奴隷のように追従し、イギリスの主権を売り払った。サダム・フセイン政権の脅威についてイギリス国民をミスリードした(「怪しげな調査報告書」で大量破壊兵器の存在を主張した)。これで多くのイギリス人兵士が犠牲になり、今日まで続くイラクの泥沼化をもたらした。

だが何より軽蔑されている点は、ブレアがその人となりで僕たちをだましたことにもあると思う。彼が首相に選出された1997年には、これは新たな夜明けに違いない、彼は根っからの真っ当な人間だ、と人々は過剰な期待を抱いた。彼は思いやりある人物に見えた。実は他の多くの政治家たちと同じくらい嘘をつき、悪巧みをする人物だ、という本性が見えるまでには、長い時間がかかった。

ブレアはそれを巧妙に隠していた。ブレアほど「芝居がかって」できる人は誰もいない。彼は謝罪の際、つらそうに唇をかみしめた。明らかに真実でないことを語るとき、いかにも真摯な感じで話した。追い詰められたときには自らを「誠実な男だ」と弁明し、間違いを犯してしまったとしても不正というよりはうっかりミスだったのだと多くの人々に信じ込ませた。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

高市氏が総裁選公約、対日投資を厳格化 外国人への対

ワールド

カナダとメキシコ、貿易協定強化で結束強化の考え

ワールド

米、ワシントンの犯罪取り締まりで逮捕者らの給付金不

ワールド

フィンランド、米国との二国間の軍事協力は深化=国防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 8
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 9
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 10
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 8
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story