コラム

イギリス流「W杯フィーバー」が来た

2014年06月12日(木)13時39分

 イギリス人の並外れた特徴の1つは、普段あからさまな愛国心を見せることがない、という点だろう。僕は子供時代、イギリスはくだらない国だと思って育った。われわれイギリス人は何においてもダメだ――そんな空気を感じ取っていたからだ。

 フランス人はもっとスタイリッシュだし、イタリア人はもっとサッカーがうまいし、ドイツ人の経済はもっと強力だし、日本人はもっと物づくりに長けているし、アメリカ人はほぼ何でもイギリス人より優れている(イギリス人より太っていてひどいなまりがあるのを除けば)。

 イギリス人が誇りに思うことがあるとすれば、あのおぞましいヒトラーを打ち負かして第2次世界大戦に勝利したことだ。でも皮肉なことに、厳密に言えばこれはイギリスの成果ではない。ナチスドイツを破る上でイギリスよりもはるかに、はるかに重要な役割を果たしたのはソ連とアメリカだ。

 イギリス人は、国家としてのイギリスにあまり良いイメージを持っていない。最高の気候も最高の料理もないのは自覚している。僕はイギリスの長所を話しているときでさえ、「ちょっと批判されすぎだよね」とか「みんなが思ってるほど実際はひどくなくて」というような言い方ばかりしている。

■街の雰囲気が変わり始めている

 アメリカに住んでいたとき僕は、アメリカ人の厚かましい愛国心むき出しの態度に驚かされた。例えばマイナーリーグの試合前にも国家が流れて観客全員が起立するようになっているのも衝撃だった。家々の庭や地下鉄の車両など、至る所に国旗が掲げられているのも目にした。

 総じて、アメリカ人が攻撃的で不快なほど愛国的だとは思わなかったが、彼らが「アメリカは世界で最高の国」と勝手に決め付けて独りよがりになっているのはよく分かった。

 だからイギリスに戻って来たとき、この国について好ましく思ったことの1つは、自国に対するつつましさだった。イギリス人は「イギリスはそう悪くない」とか「外国を訪れたけどあそこに住みたいとは思わないな」といった言い方をするかもしれないが、もしも「イギリスって最高」などと言う人がいたら、ちょっと変人っぽく聞こえるかもしれない。

 それでも、こんな調子の控え目な愛国主義をしばらく中断する時が訪れた。そう、サッカーの国際大会だ。

 ワールドカップ(W杯)がやってくるたびにいつも驚かされることだが、今日僕が果物と野菜を買いに市場に行くと、街の雰囲気が微妙に変化していた。男たちはイングランド代表のシャツを身に着けている。商店やパブの店先にはイングランド国旗が掲げられている。スポーツ用品店では人々がイングランド代表のシャツを45ポンド(約7700円)も出して買っている(W杯が終われば15ポンドくらいに値下がりするだろう)。

■普段は抑圧されたプライドを解放

 イングランドチームの成績が最近ふるわないだけに、人々がこれだけサッカーに熱中しているのは奇妙な感じだ。イングランドが何とか決勝トーナメントに進めたとしても、ベスト16か準々決勝くらいでまともなチームに当たればすぐ負けるだろう――僕もそんなふうに思うようになってしまった。

 それから僕は、イングランド代表メンバーのうち、半分は気に食わない。マンチェスター・ユナイテッドとチェルシーなどという「邪悪な」チームでプレーしている連中だからだ。彼らの年俸は高過ぎるし、若手選手にとっての「ヒーロー」になるどころかお手本にすらふさわしくない。

 そんな僕も、このサッカーフィーバーに取り込まれている。先日僕は、イングランドとペルーの親善試合が観戦できるパブを探し歩いていた。この手の試合は練習試合程度のものでしかないが、それでも3-0でイングランドが勝つと僕は喜んだ。

 次の親善試合を(家で)見るときに着ようと、僕はお気に入りのイングランド代表のシャツを引っ張り出した(多くのサッカーファンと同じく、僕はチームを「助ける」ために着る「げんかつぎ」シャツを持っている)。今では僕は、W杯の試合が始まるのを指折り数えて待っている。

 僕は以前に「境界域」という概念があることを知った。人々が普段の境界をほんの少しだけ超えていつもと違う振る舞いをする場所のことだ(例えば職場の飲み会で、人々は職場にいるのとは違った顔を見せる)。W杯はさながら「境界期間」といったところだろうか。

 イギリス人は普段は、愛国心を少々抑え込むくらいでいなければならない。20世紀半ばまで世界のあちこちを傲慢に支配してきた歴史のせいもある。スコットランド人やウェールズ人やアイルランド人といった隣人にもひどい振る舞いをしてきた。

 でもW杯の間は、僕たちは抑圧されたプライドを解き放つことを許される。ちょっと度を超える可能性もあるが、多少の癒やし効果があるし、ほぼ無害だと思う。イングランドがそう長く勝ち残ることもなさそうだからだ。

 これが終われば僕たちはまたいつもの調子に戻れる。イギリスって何てつまらない国だろう、と愚痴る日常に。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米関税で見通し引き下げ、基調物価の2%到達も後ずれ

ワールド

パレスチナ支持の学生、米地裁判事が保釈命令 「赤狩

ワールド

イラン、欧州3カ国と2日にローマで会談へ 米との核

ワールド

豪総選挙、与党が政権維持の公算 トランプ政策に懸念
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 2
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story