コラム

混迷イラクの懸念と希望──宗派対立だけでは理解できない複層的な現状

2020年03月04日(水)17時00分

イラン人は出ていけ! イラクはイラク人のものだ! という主張は、デモ開始当時から繰り返されてきた。シーア派とスンニ派という宗派の違いを超えイラク人としてまとまっていこうというナショナリズムに目覚めた人々にとって、サドル師は団結ではなく分断をあおる象徴と映る。

「宗派対立」というフィルター

第3に、このところサドル師の民兵組織がデモ隊を襲撃しているという報道が続いている。サドル師には現在の混乱を利用して政治的主導権を握り、イラクを反米強硬路線でまとめ米軍を撤退させたい思惑の一方で、そのとおりに進まぬ現状へのいら立ちがあるとも指摘される。デモ参加者の死者数は550人を超えたと伝えられ、国連や各国がイラク政府に武力によるデモ弾圧をやめるよう呼び掛けているが、政府は関与を否定している。ツイッターには「ムクタダ(・サドル)は国の裏切り者」「ムクタダはイラク人を殺している」というハッシュタグを付けた投稿も相次いでいる。

宗派対立という定番の「フィルター」を介するだけでは、イラクの現状は理解できない。今のイラクにはさらなる混乱への懸念だけではなく、未来は現状に抗議する人々の手中にあるかもしれない、という希望もある。

われわれが見据えるべきはフィルターなしの「現実」そのものだ。

<本誌2020年3月10日号掲載>

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2020年3月10日号(3月3日発売)は「緊急特集:新型肺炎 何を恐れるべきか」特集。中国の教訓と感染症の歴史から学ぶこと――。ノーベル文学賞候補作家・閻連科による特別寄稿「この厄災を『記憶する人』であれ」も収録。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

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