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アングル:ルーブルの盗品を追え、「ダイヤモンドの街」アントワープの地下世界

2025年11月15日(土)08時09分

 パリのルーブル美術館で窃盗事件が起きた数時間後、ベルギー警察がフランス当局から「盗まれた宝飾品を売ろうとする人物がいないか警戒してもらいたい」と要請を受けたことが、ベルギーの港湾都市アントワープの警察官らの話で分かった。写真は7日、アントワープで撮影(2025年 ロイター/Geert Vanden Wijngaert)

Gabriel Stargardter Juliette Jabkhiro

[パリ 12日 ロイター] - パリのルーブル美術館で窃盗事件が起きた数時間後、ベルギー警察がフランス当局から「盗まれた宝飾品を売ろうとする人物がいないか警戒してもらいたい」と要請を受けたことが、ベルギーの港湾都市アントワープの警察官らの話で分かった。

アントワープは16世紀以来、世界のダイヤモンド取引の中心地。昨年だけで約250億ドル相当に及ぶ宝石の取引が行われた。

しかし過去30年間、アントワープは盗品を売買する「地下世界」の拡大封じ込めに苦慮してきた。主にジョージア(グルジア)系の人びとが経営する数百の金・宝飾店が居を構えていることが、警察や検察、法廷書類などから分かる。

大半の店舗は合法的な商売を行っているが、一部は欧州全域の犯罪者らに対し、盗んだ金(ゴールド)や宝飾品の売買、すなわち「フェンシング」のルートを提供している。

フランス当局はルーブル事件で4人を正式な捜査対象としたが、1億0200万ドル相当の宝飾品はまだ回収されていない。

アントワープが捜査の焦点かどうかについて、パリ検察は「すべての仮説を検討している」と述べた。

フランスからベルギーへの要請は、欧州警察機関(ユーロポール)が監督する「ピンクダイヤモンド」ネットワークを通じて届いた。高額窃盗事件の専門捜査官を結ぶネットワークだ。

ベルギーの警察官2人によると、アントワープ警察はピンクダイヤモンドからの警告を受けて即座に動いた。

<疑わしい慣行>

警察によると、ジョージア系の商人らは、1990年代の旧ソ連崩壊後にアントワープに住み着き始めた。多くは金属取引の経験を持ち、ユダヤ系ダイヤモンド商と深い関係があった。

現在、ジョージア系商人は「ダイヤモンド地区」のすぐ外で約300の宝飾店を営んでおり、その4分の1が盗品の転売に関与している、と2人の警察官は語った。

業界団体「アントワープ世界ダイヤモンド・センター」はロイターに対し、マネーロンダリング(資金洗浄)慣行に手を染める一部宝飾業者との関係により、この地区の評判が「リスクにさらされることがある」と不満をもらした。

フランスとベルギーの法執行当局者らは、フランスでの犯罪はアントワープの宝飾業者にとって安定的な収入源になってきたと明かす。

2016年、米リアリティー番組のスターで実業家のキム・カーダシアン氏がパリのホテルで強盗に遭った事件では、犯行の首謀者が後に、アントワープで金とダイヤモンドを2万5000ユーロ以上で売ったと供述した。

それ以来、6件を超える捜査により、両国を結ぶ「犯罪の回廊」が浮かび上がった。バルカン半島の窃盗団が盗品をフランスで運び屋に渡し、運び屋がアントワープの買い手に届けるという仕組みだ。

ベルギーの警察官によると、大半のケースで買い手はジョージア系だった。

<麻薬とダイヤモンド>

欧州第2の港湾都市アントワープはコカインの密輸組織とも闘っており、違法な宝飾品取引がその苦闘に輪をかけている。市は2021年、ダイヤモンド・宝飾品業界を監視する専門警察部隊を正式に設立した。市長室は当時の報告書で「不正な宝飾業者と犯罪的な麻薬環境との強い結びつき」を警告した。

警察官らによると、多くのジョージア系宝飾業者やインド系ダイヤモンド業者の間にある「オメルタ(沈黙の掟)」が捜査を困難にしている。

<ルーブルの盗品>

アントワープでは盗品の販売は迅速かつ容易だと、2人の警察官は語る。

宝飾業者は金や宝石、時計を査定し、価格を提示して未申告の現金で支払う。購入されたが最後、品物は姿を消す。裏部屋にある溶解炉はプリンターほどの大きさで、金は溶かされて携帯電話サイズの1キロの延べ棒に変わるという。

しかし今回のルーブルの盗品は、アントワープの宝飾業者でさえ危険過ぎて取り扱えない代物かもしれないと、警察官の1人は語った。

ルーブルの宝飾品の多くは、土台が金ではなく銀で、溶解しても価値が低い。巨大なサファイアやダイヤモンドは一目で分かるため、小さなコミュニティであるアントワープの宝石カット職人や研磨業者は手を出さないだろう。真珠の潜在的な買い手もごくわずかだ。

「手軽に儲かる話ではない」と警察官の1人は述べた。

ロイター
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