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アングル:トランプ氏、中東歴訪でイスラエル疎外 ネタニヤフ首相の孤立鮮明に

2025年05月19日(月)16時34分

トランプ米大統領(写真右)は先週の中東歴訪の際、サシリアのシャラア暫定大統領と会談し「彼には可能性がある。真のリーダーだ」と持ち上げた。イスラエルのネタニヤフ首相(左)の孤立をこれほどくっきりと映し出す光景はこれまでなかった。4月7日、ワシントンで撮影(2025年 ロイター/Kevin Mohatt)

Samia Nakhoul James Mackenzie

[ドバイ 18日 ロイター] - トランプ米大統領は先週の中東歴訪の際、サウジアラビアの首都リヤドでシリアのシャラア暫定大統領と会談し、イスラエルが「スーツを着たテロリスト」と呼ぶシャラア氏と握手を交わして「彼には可能性がある。真のリーダーだ」と持ち上げた。イスラエルのネタニヤフ首相の孤立をこれほどくっきりと映し出す光景はこれまでなかった。

わずか4日間でサウジ、カタール、アラブ首長国連邦(UAE)を回ったトランプ氏の今回の歴訪は、利益目的の投資で彩られた単なる外交ショーではなかった。地域の情報筋3人と西側外交筋2人は、「抵抗の枢軸」と呼ばれる親イラン勢力が崩壊したことを背景に中東でスンニ派主導の新たな秩序が台頭したことを決定づけるもので、イスラエルは脇に追いやられたとの見方を示した。

ガザでの停戦を拒否するイスラエルの姿勢に対して米政府がいら立ちを強める中、トランプ氏は中東訪問でネタニヤフ氏に対して明らかに冷淡な態度を取っていたという。ネタニヤフ氏は今年1月のトランプ氏の大統領就任直後、最初に訪米した外国首脳だったが、立場は一変した。

複数の情報筋によると、トランプ氏の態度が示すメッセージは明確だった。イデオロギーから距離を置き、成果を重視するトランプ流中東外交のビジョンにおいて、ネタニヤフ氏はもはや自身の右派寄り政策に対して米国から無条件の支援を当てにできないとの見方が出ている。

ジョージ・W・ブッシュ政権下で中東担当国務次官補を務めたデービッド・シェンカー氏は「トランプ政権はネタニヤフ氏に非常にいら立っており、その不満は表に出ている。トランプ氏らは取引重視の姿勢が非常に強く、ネタニヤフ氏は今、彼らに何も与えていない」と述べた。

情報筋によると、米国がイスラエルを見捨てることはない。イスラエルは今も米国にとって重要な同盟国で、議会も超党派で支援している。しかしトランプ政権は、米国は中東において独自の利益を有しており、それを妨げるネタニヤフ氏を快く思っていないというメッセージを伝えたかったのだと、情報筋は解説した。

米政府の不快感を強めているのは、ネタニヤフ氏がガザでの停戦をかたくなに拒否していることに加え、核開発問題を巡る米国とイランの協議にも反対しているからだと、事情筋は証言した。

中東と欧米の情報筋6人によると、トランプの中東歴訪以前から米国とイスラエルの間には緊張が高まりつつあった。発端はネタニヤフ氏が4月に再び訪米し、イランの核施設への軍事攻撃への支持をトランプ氏に求めたところ、同氏が外交的解決の道を選択していたことだった。ネタニヤフ氏は会談の数時間前に初めてこの方針を知り、完全に不意を突かれた。

トランプ氏はその後の数週間でイエメンのフーシ派との停戦を宣言し、シリアのイスラム主義指導部と和解。さらには中東歴訪でイスラエルを意図的に迂回し、これまで長期にわたり強固だった米イスラエル関係に亀裂が生じたことが明らかになったと、複数の情報筋は述べた。

米シンクタンク、ワシントン近東政策研究所のデービッド・マコフスキー特別研究員は「米国とイスラエルはもはや大きな問題に関して、トランプ政権の最初の100日間のようには足並みがそろっていないように見える」と述べた。

<分断の象徴ガザ>

トランプ氏は選挙運動中、ガザでの停戦と人質の解放を大統領復帰前に実現したいと述べていた。だが政権発足から数カ月が経過したが、ネタニヤフ氏は停戦要請を無視し続け、むしろ攻勢を拡大。1年7カ月に及ぶ紛争の出口戦略や戦後計画を一切示していない。

トランプ氏が今回の中東訪問を通じて和平仲介者としてのイメージを確立し、ガザ戦に終止符を打つ合意を発表すると期待する声もあったが、実現しなかった。それどころかネタニヤフ氏はイスラム組織ハマス壊滅という目標に固執し続けている。

トランプ氏の中東訪問の終盤の16日、イスラエルはガザで新たな攻勢を開始。同氏は重要課題として、1期目にイスラエルとアラブの関係正常化を仲介した「アブラハム合意」の拡大を目指しているが、これもネタニヤフ氏の強硬姿勢によって行き詰まっている。

トランプ氏自身は、公の場ではイスラエルとの亀裂を否定している。ただその一方で、ネタニヤフ氏抜きで政策を進めており、自己の利益をむき出しにして、サウジを中核とした裕福なスンニ派諸国との関係再構築に向けて米国の外交方針を転換させている。

ある中東の高官は、今回の訪問がサウジをスンニ派アラブ世界の指導的立場に押し上げたと指摘した。対照的にシーア派の代表的勢力であるイランはイスラエルからの攻撃で勢いを失っている。「以前はイランが(中東の)主役を務めていたが、今やサウジが経済、資金、投資という別の手段で台頭してきた」という。

<スンニ派の台頭>

新たな中東秩序はサウジ、カタール、UAE主導で形作られつつある。これら湾岸諸国はイランや親イラン勢力からの攻撃に備えて高度な兵器を手に入れ、米国から最先端半導体や人工知能(AI)技術を確保することを強く望んでおり、外交政策と一族の利益との関係が曖昧になりがちなトランプ氏なら手を組めると見定めている。

中東訪問の2カ国目であるカタールでトランプ氏は豪華な装備のボーイング747型機を提供され、君主にふさわしい豪華なファンファーレで歓迎された。トランプ氏は式典で、ハマスに多額の資金援助を行ってきたカタールを「イスラエルの人質危機解決に向けて努力している」と称賛。この発言は、カタールをハマスの資金源とみなすエルサレム当局者の神経を逆なでした。

米政府の推計によると、トランプ氏の今回の中東訪問で米経済向けに2兆ドル超の投資が確約された。ロイターの集計によると総額は約7000億ドル近くだ。

トランプ氏はサウジで1420億ドルに及ぶ過去最大規模の武器契約に合意。同時にイスラエルとの国交正常化に関して「サウジ側が望むタイミングで進めてよい」と裁量を認めた。

スンニ派諸国も外交課題への独自の取り組みを進めている。トランプ氏は今回の中東歴訪中にシリアへの制裁解除を突然発表したが、これはサウジの要請を受けたもので、イスラエルの反対を押し切った形だった。

昨年12月にシャラア氏がアサド政権を打倒するまで、米政府は同氏に1000万ドルの懸賞金をかけていた。湾岸諸国は、イラン主導の「抵抗の枢軸」を構成するイエメンのフーシ派との停戦をトランプ氏が実現したことにも拍手を送っている。

イスラエル国家安全保障会議でイラン・湾岸問題の元調整官を務めたヨエル・グザンスキー氏は「米国が地域の再編を目指す中で、イスラエルは今や、米国ばかりか国際社会にとって『邪魔者』になりつつある。アサド政権やヒズボラの崩壊、そしてガザ戦争終結の可能性という流れの中でイスラエルは障害になっている」と述べた。

ネタニヤフ政権は今回のトランプ訪問について沈黙を守っているが、イスラエルのメディアでは最重要同盟国である米国との関係が損なわれつつあると懸念の声が相次いでいる。野党は旧来の同盟関係が再編されつつある中でイスラエルが脇に追いやられていると、ネタニヤフ氏を非難している。

政界復帰を目指すベネット元首相はⅩで「中東では目の前で地殻変動が起きており、われわれの敵勢力はますます力を増している。だがネタニヤフ氏とその一味はまひし、無為無策で、まるで存在していないかのようだ」と厳しく批判した。

ロイター
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