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焦点:中国農村住民の過酷な老後、わずかな年金で死ぬまで働く現実

2024年05月12日(日)08時16分

中国陝西省西安の路上で30年にわたって路上で自家製パンを販売していた67歳のフー・デジさんは、できることならそろそろ楽な生活を送りたかった。写真は4月、北京のショッピングモールで清掃業務に従事するフーさん(2024年 ロイター/Tingshu Wang)

Tingshu Wang Laurie Chen Kevin Yao Farah Master

[北京/香港 8日 ロイター] - 中国陝西省西安の路上で30年にわたって路上で自家製パンを販売していた67歳のフー・デジさんは、できることならそろそろ楽な生活を送りたかった。

ところが、実際には今、年上の妻とともに北京の外れまで出向いて午前4時から毎日、弁当調理の仕事をこなした後、1時間以上かけて市内中心部のショッピングモールに移動。13時間も清掃業務に従事している。そこでの収入は毎月4000元(552ドル)だ。

フーさん夫妻や、この先10年で退職年齢に達する農村からの出稼ぎ労働者1億人の多くにとって、こうした激務が嫌ならば田舎に戻り、小さな畑と毎月たった123元(17ドル)の年金で暮らすしかない。

モップがけをしながら取材に応じてくれたフーさんは「誰も私たちの面倒を見られない。二人の子どもに負担はかけたくないし、国は(少額の年金以外)ビタ一文も恵んでくれない」と明かした。

フーさんたちは、前世紀末に農村から都市に大挙やってきてインフラ建設や工場労働に携わって中国を世界最大の輸出国にした世代だ。だが、人生の終盤になって生活水準が大幅に低下するリスクにさらされている。

ロイターが出稼ぎ労働者や人口統計学者、エコノミスト、政府アドバイザーら十数人に話を聞いたところでは、中国の社会保障制度は悪化する一方の少子高齢化に適応できなくなっていることが分かる。

産業近代化を通じた成長を追い求めようとしてきた政府は、この制度を抜本的に見直さないまま、場当たり的な対策しか講じてこなかった。同時に社会保障サービスの需要は、高齢化の進展とともに急拡大しつつある。

人口統計学者でウィスコンシン大学マディソン校のシニアサイエンティストを務めるフージャン・イー氏は「中国の高齢者は長く惨めな生活を送ることになる。故郷に戻る出稼ぎ労働者が次々に増えており、一部は生き延びるために低賃金で働いている」と指摘した。

これらの出稼ぎ労働者が引退して基本的な年金だけに頼ろうとすると、世界銀行が定める1日当たり3.65ドルという貧困ライン未満での生活を強いられる。そのため多くの人は都市で引き続き働いたり、家の畑で収穫した農産物を売ったりして生計の足しにしているのだ。

中央政府の関係各省庁からは、この問題についてのコメント要請に回答がなかった。

中国の最新統計によると、2022年時点で全労働力人口7億3400万人のうち、約9400万人は60歳を超えており、その比率は20年の8.8%から12.8%に高まった。

まだ、日本や韓国を下回っているが、今後10年間でさらに3億人が60代に突入するため、労働力人口に占める比率は跳ね上がるだろう。

そうした60歳超の労働者の3分の1は農村からの出稼ぎ勢で、専門的な技能を持っていない。

彼らのために中国がもっと強固なセイフティーネット(安全網)を整備できなかった一番の理由は、経済が「中所得国のわな」に陥るのを恐れた政策担当者が、パイの共有よりもパイ自体を膨らませることを優先し、資源配分にゆがみが生じた結果だ、と政府アドバイザーの一人はロイターに解説した。

ひたすら成長しようとする中国は、経済的資源や金融機関の資金を「新たな生産力」に振り向けている。つまり目下の習近平政権の下でも追求されているのは、グリーンエネルギーや高性能半導体、量子技術などの先端産業における技術革新と発展だ。

米欧当局者は、この政策が中国の生産者と競合する西側企業にとって不公平だと主張。これが貿易摩擦を引き起こし、中国の家計から資源が奪われ、中国国内の消費が抑制されて潜在成長力も低下していると指摘している。

中国はこうした見方を拒否し、繁栄に進む道として消費ではなく、生産の引き上げに重点を置いている。

先のアドバイザーは、こうした資源配分のゆがみがまず是正できていれば、安全網の拡充を含めた格差問題の解決はもっと簡単だっただろうとの見方を示した。

<戸籍で格差>

中国の年金制度は「戸口(戸籍制度)」が基礎になっており、都市戸籍と農村戸籍の取得者で支給額や社会福祉サービスに大きな差が生まれている。

例えば、都市戸籍の年金月額は、それほど発展していない省でも毎月約3000元、北京や上海なら約6000元となっている。

これに対し、1億7000万人に達する農村戸籍の年金月額は、今年3月に政府が最低支給額を引き上げても、ようやく20元から123元になったに過ぎない。

野村のエコノミストチームは、最貧困世帯に資源を回すことこそが国内消費を押し上げる最も効率的な措置だと提言する。

ところが、農村戸籍向けの年金引き上げ額は、国内総生産(GDP)の0.001%弱という規模にとどまっている。

<家族にも頼れず>

中国社会科学院の調査によると、公的医療予算の配分でも都市戸籍の労働者が受ける水準が農村戸籍の約4倍に上るケースがある。

ハンセン銀行のチーフ中国エコノミスト、ダン・ワン氏は、貧困に沈もうとする人々の問題を解決するための十分な社会福祉サービスが存在しないと批判した。

社会科学院のエコノミストで人民銀行アドバイザーを務めたカイ・ファン氏が執筆した論文からは、農村部では60歳超の住民の16%余りが「不健康」で、都市部の9.9%よりずっと多い。

60歳のヤン・チェンロンさんと夫で58歳のウー・ヨンホウさんは毎日、北京のリサイクル施設で段ボールやプラチチックを回収し、1キロ当たり1元弱の収入を得て暮らしている。

ヤンさんは心臓に持病があり、ウーさんは痛風持ちだが、治療を受ける余裕はない。消費や廃棄物が減っている中で、毎月4000元の収入がいつまで続くか分からないと不安に思っているからだ。

「私たちのような農村出身者は死ぬほど働き続けなければならない」とヤンさんは話す。

その隣でウーさんも引退するつもりはないと強調。「働いている限り、それが汚れ仕事であっても、安心できる」と語った。

中国では伝統的に子どもが老いた両親を支えることが期待されてきた。

ただ、米国の全人口に匹敵する規模となる向こう10年間で定年を迎える世代の大半は、1980年から2015年まで実施された「一人っ子政策」のために子どもが一人しかいない。

そこに追い打ちをかけているのが若者の高失業率で、カイ氏は「高齢者の世話で家族を頼りにすることはもはや非現実的になっている」と記した。

ロイター
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