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アングル:ケニアの欧米学生向け闇代筆バイト、生成AIに勝てるか

2023年06月04日(日)07時47分

 数学の学位を身につけたランガットさん(30歳)は7年前、ケニアの中級レベルの大学を卒業した後、統計関連の仕事に就きたいと願っていた。だが、計画通りには進まなかった。ナイロビ市内で7日撮影(2023年 ロイター/Thomas Mukoya)

[ナイロビ 1日 トムソン・ロイター財団] - 数学の学位を身につけたランガットさん(30歳)は7年前、ケニアの中級レベルの大学を卒業した後、統計関連の仕事に就きたいと願っていた。だが、計画通りには進まなかった。

政府機関で統計に携わったり、高校で数学を教えたりする夢を断たれたランガットさんは、全く違う「アカデミック・ライティング」の世界に飛び込む。聞こえは良いが、つまりは「不正行為の請負業」だ。

アカデミック・ライター、すなわちケニアの若い大卒者らは、主に欧米の裕福な学生に代わってエッセーを書いたり、宿題をしたり、場合によっては試験を受ける仕事を請け負っている。

この闇産業で働くケニア人の数や、その収入について信頼に足る統計は存在しない。

ランガットさんは「相手との合意によって異なるが、だいたい学生1人当たり月額200ドルないし300ドルを受け取っている。ほとんどは、看護や医療についてのエッセーの執筆だ」と語った。「2018年以来、約30人の学生を助けてきた」という。

この仕事への需要は過去10年間に膨れ上がった。ランガットさんによると、はるか昔から市場は存在したという。「関係者は秘密にしていて、何をやっていたのか具体的には語らない」という。

<今年初めからAIが闇市場を侵食>

ランガットさんは今、こうしたゴーストライターの仕事が人工知能(AI)に取って代わられることを恐れている。

昨年誕生した対話型AI「チャットGPT」は、ユーザーの指示に応じて記事やエッセー、ジョーク、ひいては詩まで作り出してしまう。

オンライン学習プラットフォーム、スタディ・ドット・コムが今年1月に1000人以上の学生を対象に実施した調査によると、89%以上が宿題でチャットGPTの助けを借りたことがあると答えた。試験や在宅での問題の回答にチャットGPTを利用したと認めた割合は48%、エッセーを書かせた割合は53%、論文の素案を書かせた割合は22%だった。

これら全てが、ケニアの闇産業を侵食した。

調査によると、ゴーストライターの収入は経験や仕事量などによって月4000―200万ケニア・シリング(29―1万4524ドル)と大きなばらつきがある。

ランガットさんは「今年の初め、だれもが一斉にAIを利用し始めたため、がっくり収入が減った」と話す。

ただ、ランガットさんは、教師が賢くなってAI特有の文章を見極めるようになれば、人間の仕事がAIに打ち勝てると期待している。

「一部の講師や教授は、オリジナルの文章とAIが生成した文章を区別して見破ることができる。だから、ライターの仕事は再び上向いてきた」という。

<中心地はケニア>

ケニアは「アカデミック・ライティング」の中心地だ。ITに強く、英語を話す大卒者が多いため、世界中の学生から依頼がある。

ランガットさんは同業者と学生の合わせて17万人以上が入っているフェイスブックのグループを見ながら「世界のアカデミック・ライティング市場は膨大で、特に顕著な市場はケニア、ナイジェリア、南アフリカ、そして東南アジアの一部だ」と説明した。

ブームの始まりは10年前だった。ケニアの大卒者らは自分のスキルに見合った職に就けず、労働市場にあふれ出した。

国際労働機関(ILO)によると、ケニアの失業率は5.5%で、15―24歳では13.35%に上る。この結果、大卒者は自分の頭脳を別の方面に使い、高収入を得るようになった。

ケニアの首都ナイロビで統計学を学んでいるローラさん(22)は2021年、友達に代わって看護に関するエッセーを書いて約1000ドルを稼いで以来、アカデミック・ライティングの仕事に力を入れるようになった。

市場の大きさに気付いたローラさんは、ネット上に自分のアカウントを立ち上げ、米国の学生らと直接やり取りを開始。ほどなくこのビジネスは急拡大した。

「点数を付けるシステムがあり、良い点数がもらえると仕事が舞い込んでくる。私は今、3つアカウントを持っていて、学生を中心に他にもライターを雇っている。もう両親にお金をねだることはなくなり、それどころか扶養費を送っている」という。

ローラさんはもう、卒業後に典型的な仕事に就くことを夢見ていない。今の収入並みの給料を払ってくれる企業は、存在しないと感じている。「月によっては収入が3000ないし7000ドルに達する。暇なシーズンもあるけど貯金は十分」だと語った。

米ウィスコンシン州の大学生、ハロルドさんは、この2年間で宿題6件を3人のアカデミック・ライターに依頼したほか、エッセー4本に対して1100ドルを支払った。友達の勧めに基づき、ケニア人にしか発注していないという。

「ケニア人に依頼した文章が、教授に見破られたことはほとんどない。これからもポケットマネーを払って仕事をしてもらいたい」とハロルドさんは語った。

<チャットGPTの台頭>

ハロルドさんはチャットGPTの利用も試みたが、その結果はまちまちだ。

「そこまで賢くないから、有能な教授はどれがオリジナルの文章かを見分けられるだろう。僕が出した文章は一度突き返されたので、また、アフリカのアカデミック・ライターに依頼することにした」という。

学界関係者らは、チャットGPTの文章にはミスや独自性がないため、使っていれば見破れると言う。

ケニアのキバビー大学のIT講師、ディクソン・ゲコムベ氏は「機械が作ったエッセーと学生が書いたエッセーは見分けられる。機械を使って書かれたものは、スペルミスや文法的な間違いがなく、流れるような文章だ」と話した。

つまり、AIは良い提出物を作る一方で、怠惰な学生を生み出すことにもなるとゲコムベ氏は言う。

「学生は読書をする文化を失い、研究能力も下がってしまうだろう」とゲコムベ氏。「そして、『代わりにやってくれるものがここにあり、その間に私はほかのことができるのに、なぜ私は図書館に行き、研究をして、時間を無駄にしなければならないのか』と言うだろう」

(Dominic Kirui記者)

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