ニュース速報

ワールド

アングル:狭まる中絶薬へのアクセス、ネットや闇市場に頼る人も

2023年03月25日(土)07時44分

 ミフェプリストンやミソプロストールといった経口妊娠中絶薬の利用を取り締まっているポーランドや米国などの国では、中絶を希望する妊婦が苦労を味わっている。写真は米ニューメキシコ州サンタ・テレサで1月13日撮影(2023年 ロイター/Evelyn Hockstein)

[ボゴタ/リオデジャネイロ 17日 トムソン・ロイター財団] - 一夜だけの遊びのつもりが想定外の妊娠をしてしまったマリアさん(26)。産みたくないのは分かっていたが、彼女が暮らす欧州の島国マルタでは人工妊娠中絶は全面禁止だ。何か抜け道を探さなければならない。

ネット検索で見つかったのは、オランダの非営利オンライン医療サービス「ウィメン・オン・ウェブ」。世界中に経口妊娠中絶薬を提供している。本名を伏せて取材に応じたマリアさんは、130ユーロ(約1万8000円)を支払い、郵送で薬を受け取った。

マリアさんは「たくさん泣いた」と言う。警察が自分のウェブ検索の内容を見つけるのではないか、荷物が税関職員に調べられるのではないかとおびえていたという。

「オンラインで医師に相談できるサービスがあることが分かって、状況は一変した。孤独感は薄れた」

ミフェプリストンやミソプロストールといった経口妊娠中絶薬の利用を取り締まっているポーランドや米国などの国では、中絶を希望する妊婦が同じような苦労を味わっている。

だが、障壁はあるものの、世界中の女性がこうした薬品を手に入れる方法を見つけつつある。オンライン医療サービスやオンライン薬局、さらには闇市場に頼る人もいる。

3月14日、ポーランドの活動家ユスティナ・ビドリンスカ氏は、ある女性に経口中絶薬を提供した罪で、地域奉仕活動8カ月の刑を言い渡された。活動家らによれば、この種の行為が罪に問われたのは、欧州ではこれが最初だという。

米国では昨年、全国的に妊娠中絶の権利を保障した画期的な「ロー対ウェイド判決」が覆されたことを受けて、50州のうち12州が人工妊娠中絶の禁止に踏み切った。

テキサス州のある裁判官は、経口中絶薬ミフェプリストンの販売を全国的に禁止することを求める訴訟について、できるだけ早く判断を下すと話している。

この訴訟は、米食品医薬品局(FDA)が2000年にミフェプリストンを承認した際、その安全性を十分に確認しなかったと主張する反中絶団体が起こしたものだ。バイデン政権は上述の裁判官に対し、長年にわたり安全性と効果が確認されてきた薬品を女性から奪うことのないよう呼びかけている。米国では、人工妊娠中絶の半分以上が医薬品を使って行われている。

「ウィメン・オン・ウェブ」は、同団体から派生したウェブサイト「エイド・アクセス」を通じて、インドから調達した経口中絶薬を米国在住者に送っている。利用者には105─150ドル(約1万3900─1万9800円)の寄付を呼びかけているが、支払い困難な女性の場合はもっと少額でもよいとしている。

「ウィメン・オン・ウェブ」創設者のレベッカ・ゴンパーツ氏は、米連邦最高裁の判決以来、1日約650件だった送付依頼が4000件以上に増えているとし、その数字はさらに増加を続けると予想している。「こうした法律は、人工妊娠中絶を困難にするだけで、阻止することはできない」と話した。

「主として影響を受けるのは、中絶の手段を持たず、情報にもアクセスできない、通常はマイノリティーの女性だ」

<合法的な薬品を巡る対立>

米国の保守系議員は、ますます経口中絶薬の利用制限に力を入れつつあるが、妊娠中の女性からの需要は高まっており、薬を入手できなければ、中絶が合法である州まで数百キロメートルも旅をせざるをえない場合が多い。

テキサス大学オースティン校で生殖に関する権利を研究するアビゲイル・エイケン准教授は、「人工妊娠中絶へのアクセスが否定されている州は今や1つではなく、国内にはまったく中絶を許さない部分が生じている」と語る。テキサス州では、人工妊娠中絶がほぼ完全に禁止されている。

人工妊娠中絶を巡る法律が州ごとにバラバラで、しかも司法の状況が急速に変化しており、合法・非合法のグレーゾーンが存在するため、中絶を希望する人は自分の権利について確信を持てないことも多い。

テキサス州は2021年、「ロー対ウェイド判決」を無視し、妊娠6週目を過ぎてからの中絶を禁止する法案を可決したことで、中絶の権利を主張する米国内の活動家たちから、中絶禁止の試みの先頭に立っていると見なされ、法廷闘争の最前線となっている。

3月9日、テキサス州のある男性が、自分の元妻が経口中絶薬を入手することを助けたとして、3人の女性を相手取って不法死亡訴訟を起こした。州法では、中絶の「ほう助又は教唆」を違法としている。

テキサス州の議員らは、経口中絶薬を供給する、あるいは中絶の方法について情報を提供するウェブサイトのブロックをインターネット接続事業者に義務づける法案を提出した。

中絶のために州境を越えて移動する、あるいは自宅で経口中絶薬を服用する患者を訴追しようとする州の動きに対し、人権活動家は懸念を強めている。

<闇市場>

人工妊娠中絶が厳しく制限されている国では、オンラインや未登録の薬局、市場の屋台で販売されている非合法薬に頼るしか選択肢がない人も多い。

ブラジルでは、合法的に中絶が認められるのは、レイプや近親相姦による妊娠や、妊娠によって女性の生命が危ぶまれる場合に限られているが、リオデジャネイロ中心部にあるポプラル・ウルグアイアナ市場では、違法に薬を購入することができる。

ごった返すバザールでは、衣料品やエレクトロニクス製品、土産ものが販売され、売り子が声をからして商品を売り込んでいる。だが、ひそひそ声で趣の違う商品を売り子もいる。経口中絶薬のミソプロストールだ。

少し前の平日の午後、1人の屋台商人が「携帯電話、イヤホン、薬はいかが」と叫んでいた。

トムソン・ロイター財団の記者が「薬」を求めたところ、市場内の通路を抜けて静かな屋台へと案内され、そこで価格交渉が始まった。

売り手は、商品の安全性を請け合い、妊娠何週目かを教えてくれれば、何錠服用すればいいかアドバイスすると言った。

10錠入りの包みに対して800レアル(約2万円)を請求されたが、少し値切ると半額にまで下がった。最低賃金が月1320レアルであることを考えれば、それでもかなり高価だ。

生命倫理と生殖権の問題に力を入れるブラジルの啓発団体アニス・インスティテュート・デ・バイオエティカに参加する研究者のイラナ・アンブロジ医師は、ミソプロストールに対する厳しい制限による影響は、どれだけの命が失われたかに反映されている、と話す。

分娩後の出血を抑える救命の切り札になるにもかかわらず、ほとんどの病院にはミソプロストールの在庫がない、とアンブロジ医師は指摘する。

非合法に経口中絶薬を購入する女性も、やはりリスクにさらされている、とアンブロジ氏。特に怖いのが偽造品をつかまされるリスクだ。

「闇市場に頼れば、薬の出所を確かめることはできないし、服用法も分からない」と同氏は言う。

「経口中絶薬の非合法化によって誰よりも苦しむのは、脆弱(ぜいじゃく)な立場にある女性たちだ」

(Anastasia Moloney記者、Fabio Teixeira記者、翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2023 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米GDP、第1四半期は+1.6%に鈍化 2年ぶり低

ビジネス

ロイターネクスト:為替介入はまれな状況でのみ容認=

ビジネス

ECB、適時かつ小幅な利下げ必要=イタリア中銀総裁

ビジネス

トヨタ、米インディアナ工場に14億ドル投資 EV生
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 3

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 4

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 5

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 6

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 7

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中