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焦点:備品調達から洗濯まで、補給難のロシア軍を支える国境の町

2022年06月11日(土)08時22分

 6月8日、ロシア西部バルイキの町は、ウクライナ国境近辺における最新の戦況において、ロシア軍の重要な集結拠点になっている。写真はPlanet Labs PBCが公開した、バルイキの衛星写真。6日入手(2022年 ロイター/Planet Labs PBC)

[8日 ロイター] - ロシア西部バルイキの町は、ウクライナ国境近辺における最新の戦況において、ロシア軍の重要な集結拠点になっている。5月を通じて、上空をヘリコプターが飛び交い、道路では軍用車両が列をなし、この町の大規模な軍事基地では兵士らが戦闘に備えている。

バルイキでは、近郊に拠点を置く部隊で不足が生じた場合に備え、兵士の親族や一般市民が、ドローンや無線、赤外線照準器などを含む補給や装備を提供しようと働いている。ロイターでは6人のボランティア、3人の兵士に取材するとともに、ボランティアが作業の調整のために使っているソーシャルメディアのチャンネルも検証した。

ボランティアの1人、地元住民のオルガ・ルキナさんは、夫がロシア軍の偵察部隊で非戦闘要員として働いていると言う。ルキナさんがロイターに語ったところでは、一部の偵察部隊では特にドローンや暗視装置が不足しているほか、ウクライナで戦っている他の部隊は「食料やディーゼル燃料、身体・衣類を洗う場所が不足している」という。

英軍情報機関と米国防総省は、食料・燃料の補給や、部隊にとって不可欠な支援をめぐる問題のため、ロシアの作戦に遅延が見られるとの評価を公表している。ロシアはここ数週間でアゾフ海に面したマリウポリの港を確保し、ドンバス地域でも徐々に支配地域を拡大している。ただし西側諸国の政府によれば、ロシア軍は人員・装備の面で高い代償を払っており、当初の目標を達成できていないという。

米国防総省は4月の状況報告の中で、ロシア軍はバルイキ周辺で部隊再編を進め、北側から挟撃する形で、南部から近づく他のロシア軍部隊と合流し、東部ドンバス地域をウクライナの残りの部分から切り離そうと試みていると述べている。

西側諸国はロシアのウラジミール・プーチン大統領の狙いは電撃的な勝利だったと見ているが、現時点ではロシアは消耗戦に引きずり込まれており、ロシア軍部隊に多数の死者が出ている。英国防省によれば、侵攻開始から3カ月で、旧ソ連による9年に及ぶアフガニスタン侵攻と同程度のロシア軍兵士が死亡した可能性が高いという。

ロシア政府は今回のウクライナ侵攻を「特別軍事作戦」と称し、西側諸国からロシアを防衛するための戦いだと表現している。また、作戦は計画に沿って進んでおり、軍は戦闘に必要なものをすべて与えられていると述べている。ウクライナは、自国軍部隊にも大きな損失が出ているとして、政府はさまざまなニーズの中でも特に実戦部隊を支援するためのクラウドファンディングを立ち上げている。

<部隊の流入>

バルイキはベルゴロド州にあり、周囲にはトウモロコシ畑が広がる。ウクライナ国境まで最も近いところで約15キロの距離だ。ウクライナ第2の都市ハルキウのすぐ東、ロシアが親露派を後押しするドンバス地域の北という戦略的な立地にある。

バルイキに近いソロティ村の外れにロシア軍の主要な駐屯地の建設が始まったのは2015年。ロシア政府によるクリミア併合を経て、ドンバス地域の分離独立をめざす親露派を支援する軍事作戦が開始された後だ。

公開されている政府調達文書によれば、300ヘクタールの敷地内には数千人の兵士を収容する兵舎が建設される計画で、契約総額は最大で約5000万ドル(約67億円)に達している。

米国を拠点とするマクサー・テクノロジーズが公表した人工衛星画像では、今年初め、プーチン大統領が2月のウクライナ侵攻を準備する過程で、基地周辺の地域において軍の動きが活発化したことが分かる。

地元住民3人によれば、4月半ば、ウクライナ北部地域からのロシア軍撤退に続いて、多くの部隊や装備がバルイキに流入したという。バルイキ近郊のもっと小規模な基地を捉えた5月の衛星画像には、軍用トラックが集まっている様子や、マクサーが野戦病院と説明する構造物が映っている。いずれも2月の衛星画像には見られなかった。

ロイターが発見した文書によれば、ロシア軍の精鋭である第76親衛空挺師団のパラシュート部隊もこの地域を経由している。ロシア軍が民間人殺害に及んだとされるキエフ郊外ブチャで占領に加わっていた部隊だ。

同部隊の1人、キリル・クリュチコフという人物は4月19日、軍服を着たグループがカフェでビールを飲んでいる動画をインスタグラムに投稿した。ロイターではこのカフェがバルイキにあることを確認した。動画を見た店員は、兵士たちがその頃の顧客であると認めた。同じグループが1週間、ほぼ毎日のように来店していたが、突然来なくなったという。

「うちの店に来ていた兵士が求めていたことは1つだけ。心理的にリラックスすることだ。それを求める理由があったのは明らかだ」とこの店員は言う。クリュチコフさんにコメントを求めたが、反応はなかった。

補給を受ける目的でバルイキに来た兵士もいる。「ラファエル・アリエフ」と名乗る、補給部隊に所属すると自称する兵士は、5月26日にバルイキの地域フォーラムに投稿した書き込みの中で、戦闘中に榴弾の破片で損傷した車両を修理してもらっていると述べている。「やれやれ、ロシア連邦国防省はスペアパーツなど持っていないんだ」と彼は書いている。

ロイターが取材を試みたところ、この兵士は、一般にスペアパーツがすぐに確保できるとは限らず、到着まで1カ月かかることもある、と話してくれた。待ちきれない兵士たちは、ボランティアに頼んで必要な装備を手配してもらうこともあるという。

アリエフさんをはじめとする兵士は、洗濯に関しても地元住民を頼りにしている。バルイキで暮らしているリュボフ・ザツァルスカヤさんは、自宅の洗濯機でウクライナから戻った兵士たちの汚れた衣類を洗っているという。ある軍人が戦友の葬列に参加できるよう、軍服にアイロンをかけてあげたこともあるという。基地の洗濯設備だけでは追いつかない、とザツァルスカヤさんは言う。

ロイターはバルイキへの部隊配備やこの町での兵士の状況、基地建設の費用について、ロシア政府と国防省に問い合わせたが、回答は得られなかった。

<不足する装備>

ロイターは、メッセージングアプリ「テレグラム」上で、ベルゴロド州で活動するボランティアたちが兵士の装備を確保するための連絡に使っている非公開チャンネルにアクセスする許可をもらった。チャンネルの管理者は、部隊が最も緊急に必要としているという品目のリストを投稿している。通常の小売店で入手可能だが、軍事にも転用できる物品だ。

「ルスラナ」というハンドルネームを使う管理者は、4月12日に「警察特殊部隊向けに、このタイプのドローンを少なくとも3機、16日までに緊急に必要だ」とチャットに投稿している。「多くのロシア軍兵士の命を救うために、どうしても必要だ」

投稿にはオンライン小売事業者のページのスクリーンショットが添付されている。事業者によれば、中国のドローン大手DJIテクノロジーが製造するクワッドコプター(4ローターのヘリコプター)だという。その時点で事業者が表示していた価格は9万2990ルーブル(約21万5000円)だった。

本記事のためにコメントを求めたところ、「ルスラナ」を名乗る人物は、軍への装備供給についての質問に回答することを拒否した。理由は、ロイターの所有者が「非友好国」の人間だからだという。

DJIはロイターに対し、4月にロシア及びウクライナでの事業を停止しており、戦争行為における利用に関して、さまざまな国・地域における法令遵守要件の評価を進めているところだと述べている。

同じチャットルームへの5月18日の投稿では、「ロマン」と名乗る人物が、「友よ、私たちは前線に送る人道支援を集めている。兵士たちが無線機を16台、緊急に必要としている。推奨モデルは、モトローラDP4800/DP4801、ハイテラTC-508だ」と書いている。ロイターはこのメッセージの投稿者への連絡を試みたが、実現しなかった。

この非公開チャンネルへの投稿や、参加者4人によれば、購入した物品は集積され、通常はバルイキ及び州都ベルゴロドに設けられた拠点で軍に引き渡される。ロイターでは、どの程度の物品が集まったか確認することができなかった。

この「テレグラム」上のチャンネルには、迷彩服に目出し帽を着用した複数の男性が、寄付された備品の入った箱を持ち、それを提供した寄付者に感謝の言葉を述べる動画が掲載されている。5月23日の投稿では、1人の男性が、小さなドローンの包装を解きながら、「同志諸君、我々を見捨てずにいてくれたことに感謝する」と話している。

ベルゴロド市内で国家機関に勤務する人物は、自身を含む職員らに対し、ウクライナにいるロシア軍部隊のため、ドローンと赤外線照準器の購入費用として1日分の給与を寄付するよう上司から指示があったとロイターに語った。報復が懸念されるため、氏名と勤務先については伏せてほしいと希望している。ロイターでは、彼女が公的機関の職員であることを独自に確認している。

<「泣けてきた」>

ロイターは、バルイキの基地に所属しウクライナに派遣された兵士の母親と称する女性に話を聞いた。紛争が始まって以来、自宅から4時間近くかかるバルイキまで、2回も車を走らせたという。戦闘糧食が不足しているため、息子の所属部隊に食料を届けることが目的だ。息子の所属部隊には靴底が破損したブーツを履いている兵士もいるし、綿の裏地のついたキャンバス地の旧ソ連スタイルのジャケットでは寒さを防げないという。彼女も匿名を条件に取材に応じた。

息子の部隊の兵士らの冴えない様子を説明し、「その姿に泣けてしまった」と女性は言う。彼女はどの部隊かを明示していない。ロイターでは、この女性の息子がロシア軍所属であることについては独自に裏付けを得たが、具体的な部隊までは確認できなかった。

(翻訳:エァクレーレン)

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