ニュース速報

ワールド

アングル:新型コロナ広がる米刑務所の実態、次々「釈放」の波紋

2020年04月04日(土)07時49分

米国全土で拘置所・刑務所における新型コロナの感染が拡大し、収監者を保護するためにさまざまな措置を講じていることが報告されている。釈放された者は数千人にのぼるが、新型コロナに感染している可能性があるか、社会に感染を拡げるリスクがあるかを判定する医学的な診断は、まず行われていない。写真はニューヨーク市のライカーズ島にある拘置所。3月22日撮影(2020年 ロイター/Andrew Kelly)

Ned Parker Linda So Brad Heath Grant Smith

[ニューヨーク 28日 ロイター] - ショーン・ヘルナンデスさんは監房から出るとき、Tシャツかタオルで口と鼻を覆う。ニューヨーク市のライカーズ島にある拘置所で広がりつつある新型コロナウイルスに対し、すぐに彼が用意できる防御策はそれくらいしかない。

ヘルナンデスさんによると、収監者は手袋やまともなマスクを入手することはできず、手を洗おうにも冷たい水しかない。ヘルナンデスさんは殺人未遂で有罪判決を受け、8年の刑に服している。

収監者たちは3月26日、刑務官が咳き込んでいたのを目撃したとヘルナンデスさんは語る。刑務官の頬は紅潮し、そのまま床に倒れ込んだという。

「我々は当局に、もう少しましな方法で身を守りたいと要求し続けている」と、彼は言う。「みんな肩をすくめるだけだ。結局、俺たちはは収監者であり、2級市民にすぎない。家畜のようなものだ」

28日時点でニューヨーク市内の拘置所では少なくとも132人の収監者、104人の職員が新型コロナに感染した。過密状態 の施設内で、ウイルスは急速に拡散しているようだ。

ニューヨーク市矯正局は、収監者を守るために多くの措置を実施しているとしている。感染した刑務員が倒れたというヘルナンデスさんの証言についてはコメントを控えた。

<犯罪被害者は反発>

米国全土で拘置所・刑務所における新型コロナの感染が拡大し、収監者を保護するためにさまざまな措置を講じていることが報告されている。ロイターの取材によると、釈放された収監者は数千人にのぼるものの、新型コロナに感染している可能性があるか、社会に感染を拡げるリスクがあるかを判定する医学的な診断は、まず行われていない。

規模の大きな順に上位20の刑務所を運営する市・郡を対象にロイターが調査したところ、3月22日以来、収監者226人、職員131人の感染が確認されている。ウイルスが急速に蔓延していることを考えれば、実際の数字はさらに大きいとみられる。

感染が集中している「ホットスポット」の1つが、イリノイ州シカゴのクック郡拘置所だ。22日に最初の感染例が確認されて以来、収監者89人、職員9人がウイルスに感染した。他にも収監者92人の検査結果が確定していない。

収監者の人権擁護を訴える団体や地元当局者、公選弁護人らは、収監者の釈放を加速するよう呼びかけている。拘置所は通常、刑の確定を待つ[刑事被告]人を比較的短期間収容する施設である。有罪判決を受けて刑が確定した「受刑者」を収容する州・連邦刑務所に比べれば、収容者数を柔軟に管理できる。

一方で、釈放の動きに反発する団体もある。犯罪被害者の権利を擁護する団体マーシーズ・ローは、釈放前に被害者に通知すべきとして批判している。だが、これでは収監者の釈放プロセスが数週間あるいは数カ月遅れることになりかねない。

ニューヨーク、ロサンジェルス、ヒューストンその他主要都市の当局者は、釈放しているのは暴力性を伴わない軽微な犯罪の受刑者だけだとしている。

ニューヨーク市はウイルスの封じ込めを急ぐ中で先週末以来、約450人の収監者を釈放した。すでに新型コロナによる死者は全世界で2万8300人を超え、そのうち2050人以上は米国で死亡している。

拘置制度の独立した監視機関であるニューヨーク市の矯正理事会は、釈放される可能性がある収監者は約2000人としている。50歳以上、身体虚弱で、暴力性のない軽微な犯罪による収監者などである。市はウイルス検査を受けた収監者の数については公表を控えている。

27日、ニューヨーク州政府は、ニューヨーク市の管轄下にある拘置所の400人を含め、州全体で1100人の軽微な犯罪者を即時釈放の対象に指定した。市庁の広報官コルビー・ハミルトン氏は、「さらに数百人が近日中に釈放されるだろう」としている。

<「何の防御措置もない」>

米国は、世界のどの国より「塀の中」の人口が多い。米国司法統計局によれば、収監者数は2017年の時点で230万人に迫り、そのうち約150万人が州・連邦刑務所、さらに74万5000人が市や郡などの拘置所に収監されている。

23日にライカーズ島拘置所から釈放された収監者によると、施設内では体調の悪い者も健康な者も、区別なく混在している場合が多かったという。彼がいた区画で収監者1人、刑務官1人が陽性と診断されて以降、2人用の監房で過ごす時間が長くなったという。だが、薬物中毒治療薬を毎日受け取るために、医務室の窓口に他の収監者と並ばなければならなかった。

匿名を条件に取材に応じた32歳の収監者は、「身を守るための措置は何もなかった」と話す。「周囲とは距離を置きたかったが、それは不可能だった」

ニューヨーク市矯正局は、感染者が出た区画の収監者に対するマスクの配布、収監者間の距離確保の推進、監房の清掃、石鹸の支給など、感染拡大に対応するための措置を取ってきたと主張する。

<スクリーニングなしで釈放>

一部の拘置所からは、感染した可能性のある収監者が釈放されている。ジョージア州マリエッタでは、窃盗の容疑で収監されているオーブリー・ハーディウェイさん(21歳)に、咳、頭痛、喉の痛み、39度を超える発熱の症状がみられた。「我慢できない、ひどい体調だった」と、彼は言う。

体調を崩してから4日後、ハーディウェイさんはインフルエンザ、連鎖球菌性咽頭炎の検査を受けた。どちらも陰性で、近隣の病院に運ばれ、血液検査などを受けた。新型コロナの検査とは告げられなかったという。

医師は保安官代理にハーディウェイさんを隔離するよう勧告したが、拘置所に戻され、友人らが保釈金を払ったことで、数時間後に釈放された。

ハーディウェイさんは、自分に接触した同じ監房の収監者や刑務官をウイルスに曝露させた可能性があると考えている。この拘置施設の内情に詳しい複数の情報提供者によると、少なくも保安官代理1人が新型コロナ陽性と判定され、2人目の感染者も隔離されているという。

各地の拘置所は、ウイルスの侵入を防ぐさまざまな対策を講じている。書類上の登録さえ済まないうちに新規入所者のスクリーニングを行い、パトカーの車内やガレージ内で体温を測るところもある。医学的に感染していないことが確認されるまで新規入所者を隔離するところもある。

一方で、何も対策を取っていない拘置所もある。連邦刑務所職員の労働組合副委員長を務めるサンディ・パー氏によると、刑務官が職務中にマスクを着用する許可を求めたが、連邦刑務所局は現時点で要望を却下している。刑務所局にコメントを求めたが、回答は得られなかった。

同局ウエブサイトによると、これまで連邦刑務所の収監者14人、職員13人が新型コロナ陽性と判定されている。

釈放前に収監者のスクリーニングを行っている地方自治体もあれば、ワシントン州のキング郡矯正施設のようにそうした措置を行っていないところもある。

キング郡成人・青少年拘置部のデービッド・ウェイリッチ部長は、「現時点では、身体的・精神的に何らかの既往症がないかぎり、釈放に際して、収監者に対する高度なスクリーニングは行っていない」と話す。同郡によれば、この施設では少なくとも矯正官の1人が新型コロナに感染した。

オハイオ州のハミルトン郡司法センターは、釈放前に体温をチェックしている。フロリダ州セミノールのジョン・E・ポーク矯正施設は、兆候が見られる収監者を外部の医療機関で受診させている。

既存の収監者に対して新型コロナに関する資料を配布したり、礼拝や教育プログラム、面会を取りやめている施設もある。

コロラド州リトルトンの連邦刑務所に収監されているスティーブン・ジョーンズさん(55歳)は、「誰もがそれを予期している」と話す。「ウイルスがここに入ってきたらおしまいだ」

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2020 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=円が軟化、介入警戒続く

ビジネス

米国株式市場=横ばい、AI・貴金属関連が高い

ワールド

米航空会社、北東部の暴風雪警報で1000便超欠航

ワールド

ゼレンスキー氏は「私が承認するまで何もできない」=
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 8
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌…
  • 9
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中