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アングル:縮む日本、「復興の火」運ぶ三陸鉄道の行き先

2020年03月24日(火)18時57分

2019年10月の台風19号の被害を受けた三陸鉄道が、3月20日に再開通した。三陸鉄道は2011年の東日本大震災でも被災、19年3月にようやく復旧していた。写真は3月20日、岩手県内の陸中山田駅で撮影(2020年 ロイター/Shinji Kitamura)

基太村真司

[宮古市(岩手県) 24日 ロイター] - ピンクゴールドに光るランタンの中で、時折揺らぐ小さな炎が、ローカル線の車内をうっすらと暖かく照らす。三陸の海を象徴する青、情熱を表す赤い線が伸びやかに描かれた列車は、大事な炎を消すまいと気をつけるかのように、どんよりした空の下を、ゆっくりと動き出した。

古代オリンピック発祥の地ギリシャから日本に到着した炎は、延期が濃厚となり始めた東京五輪の聖火リレーを前に、東日本大震災で大きな被害を受けた東北地方を巡る。22日には岩手県の三陸鉄道宮古駅前に到着。新型コロナウイルスの影響で式典が縮小されたにもかかわらず、列車に乗り込む「復興の火」を一目見ようと、大勢の人が集まった。

地元の人にとって、幾多の試練を乗り越えてきた三陸鉄道は復興の象徴だ。震災後の全面復旧が昨年3月に完了した矢先、10月の台風19号で再び運行不能に陥り、今月20日に再開したばかりだった。ようやく漕ぎつけた「再」全面開通を、水産業関係者の多い沿線住民は、駅や線路沿いから大漁旗を振って暖かく迎え入れた。

普段は車通勤のため、ほとんど利用しないという30代の女性も、「三鉄が走っているとおっ、と思う。地域が元に戻ってきたという象徴かな。震災から9年経ってもこの程度だし、地元活性化のためには必要だと思う」と笑顔交じりに語った。

<成長と人口増が前提>

しかし、再度の復興を果たした三陸鉄道の視界は「良し」とは言い難い。草の根で支えてきた沿線住民の減少が一段と加速し、需要の回復が見込みにくいためだ。

震災と津波で移住を余儀なくされた住民もいるが、少子高齢化と人口減少は震災前から着実に進展。沿線市町村の人口は、1980年の40万人から2015年の25万人まで、ほぼ半減した。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、45年に15万人まで減ると予測されている。

そもそも三陸鉄道の歩みは、この列車が走るリアス式海岸のように起伏の激しいものだった。

相次ぐ台風や震災、大雪、豪雨、土砂崩れといった災害はもちろん、少子高齢化による沿線住民の減少などを背景に、国や県、沿線市町村が投下した支援額は、09年度以降の累計で187億円。同期間に三陸鉄道が計上した運輸収入の合計額を6倍超上回る支援を受けながら、その間200億円の特別損失を計上し、走り続けた。

三陸鉄道の苦境は、今の日本の縮図でもある。戦後の経済成長と人口増加を前提に全国に張り巡らされた鉄道網を巡る環境は、成長と人口が頭打ちになると歯車が逆回転し始めた。

とりわけ厳しいのは地方の人口減少だ。この5年で最も減ったのは秋田県で5%超。青森、高知と続き、三陸鉄道が走る岩手は6位だった。

岩手県内の人口は各市町村から県庁所在地の盛岡市へ集中。しかし、盛岡市の人口はそれを上回る勢いで、東北唯一の指定都市である宮城県仙台市へ流出している。その仙台市は、東京と神奈川、埼玉、千葉を含む東京圏へ、最も多くの人口を供給する地方都市のひとつとなっている。

こうした状況を背景に、新幹線や在来幹線、都市鉄道以外の鉄軌道路線を指す全国の「地域鉄道」は、厳しい経営を強いられている。国土交通省によると、2000年以降の廃止路線数は41に達し、残る96社も7割超が経常赤字を計上している。

政府は地方の人口減に歯止めをかけるべく、14年に「まち・ひと・しごと創生総合戦略」を策定。5年間で地方経済を活性化し、東京へ集中する人の流れに歯止めをかけようという算段だった。

しかし5年後の19年、東京圏への人口流入数と流出数の均衡を掲げた目標に対し、実績は14万8783人の流入超だった。計画を策定した14年の11万6048人をも上回る人々が東京近郊へ押し寄せ、地方の人口減は一段と加速した。

地域活性化策を様々な連携自治体と実践している大正大学地域構想研究所の中島ゆき主任研究員は、「移住を最終的に後押しする理由の多くは、起業も含めた『しごと』。ITとマーケティングを基軸に、様々な『しごと』を創出していくことが、今後の地域には必須」と語る。

<風化する震災の記憶>

三陸鉄道は、NHKの朝のテレビドラマ「あまちゃん」ブームもあり、震災後に乗客が一時上向いた。しかし、ここ数年はまた伸び悩んでいる。

今期は様々なイベント開催に全線開通の上乗せ分が加わり、「昨年10月に台風が来るまでは、前年比倍の乗客数だった」(中村一郎社長)ものの、その後の運休などが響き、26年連続の経常損失がほぼ確実な情勢だ。

がれきが取り除かれ、建物が再建され、沿線の整備が進めば進むほど、震災の痛手を刻み込まれた生々しい街の姿は、住民の記憶に残るのみとなる。三陸鉄道の営業報告書には「経年変化や震災体験の風化で(旅行団体は)減少が顕著」と被災地の忸怩(じくじ)たる思いが記されている。

釜石市内の沿線で大漁旗を抱えてきた女性は、「ともに育ってきた三鉄の姿は、自分たちと重なって見える」と話す。「沿線は三鉄に賭けている。がんばれ三鉄、という言葉は、実は自分達に向かって言っているのかもしれない」

(編集:久保信博)

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