ニュース速報

ワールド

焦点:「借金の罠」恐れるパキスタン、中国一帯一路計画を再考

2018年10月05日(金)16時46分

 9月1日、中国が掲げる「現代版シルクロード」構想の中央に位置するパキスタンでは、植民地時代に造られた鉄道路線の改修プロジェクトが、長期に及ぶ遅延を強いられており、同国政府もその膨大なコストと融資条件に尻ごみしつつある。カラチで9月撮影(2018年 ロイター/Akhtar Soomro)

[イスラマバード/ラホール 1日 ロイター] - 中国が掲げる「現代版シルクロード」構想の中央に位置するパキスタンでは、植民地時代に造られた鉄道路線の改修プロジェクトが、長期に及ぶ遅延を強いられており、同国政府もその膨大なコストと融資条件に尻ごみしつつある。

大都市カラチと北西部ペシャワルを結ぶ全長1872キロの鉄道路線(ML-1)改修プロジェクトは、当初予算が82億ドル(約9300億円)に上る、中国の「一帯一路」イニシアチブにおけるパキスタン最大のプロジェクトだ。

だが、同国のラシッド鉄道相は1日、債務負担を避けるため国内での鉄道プロジェクト予算を20億ドル削減すると発表。「パキスタンは貧しい国であり、多大な債務の負担には耐えられない。中国パキスタン経済回廊(CPEC)計画に基づく予算を82億ドルから62億ドルに減らした」と同鉄道相は述べた。

鉄道計画の遂行には自信を見せたものの、コストは62億ドルからさらに42億ドルまで減らしたい、と同相は強調した。

中国がインフラ整備資金として約600億ドルの拠出を約束していたCPEC計画について、8月に就任したパキスタンのポピュリスト政治家であるカーン首相は、中国からの投資に警戒感を示していた。

中国投資に対する熱気が冷めつつあるのを反映するかのように、スリランカやマレーシア、モルディブといった他のアジア諸国でも、前政権が締結した中国との契約に懸念を示す新政権が誕生している。

パキスタンの新政権は以前より、中国一帯一路関連の契約全般の見直しを望んでいた。政府当局者はこれらの契約について、交渉が十分ではなく、コストが高すぎるか、中国側に有利になりすぎているという懸念があると述べている。

だが、同国政府にとっての不満は、中国政府が再検討に応じる姿勢を見せているのは未着工のプロジェクトに限定されている点だ、とロイターの取材に応じたパキスタン政府高官3人は語った。

中国外務省は先月、両国とも「すでに竣工したプロジェクトが正常に運営されるよう、また建設中のプロジェクトがスムーズに進捗するよう」それぞれの一帯一路プロジェクト推進に注力している、と述べた。

パキスタンの政府当局者は、引き続き中国マネー誘致には力を入れているものの、コストと条件をより重視したいと語る。CPECについても、カーン首相の政策綱領に沿った社会発展を実現するプロジェクトを中心とするよう、方向転換を進めている、と述べた。

CPEC再調整に向けたパキスタンの情勢は、脆弱な同国経済を浮揚させるために中国融資に依存していることで複雑になっている。

また、往年の同盟国である米国との関係に亀裂が目立つ中で、パキスタン政府の交渉力も弱まっている。さらに、経常収支を巡る危機も、国際通貨基金(IMF)による救済につながる可能性が高く、歳出削減を要求されかねない。

パキスタン政府閣僚は、「われわれの側にも言いたいことはあるが、中国以外にパキスタンへの投資を進めている国はない。われわれに何ができようか」とロイターに語った。

<老朽化する鉄道>

カラチからペシャワルに至るML-1路線は、パキスタンの老朽化した鉄道網の大動脈だ。パキスタンの鉄道網は近年、乗客数の減少、路線廃止、主要な輸送事業による急速に業績悪化を受けて、徐々に崩壊へと近づいている。

カーン政権はML-1をCPECにおける優先プロジェクトにすると公約しており、広大な国土における貧弱な移動手段の改善につながると期待している。

とはいえ、受け入れ国がインフラ建設資金調達に中国からの融資を利用するという、従来の一帯一路構想における融資モデルとは一線を画した資金調達オプションを模索しており、CPECプロジェクトに関しては、サウジアラビアその他の諸国にも投資を呼びかけている。

パキスタン当局者によれば、選択肢の1つは「BOT(建設・運営・譲渡)方式」だという。投資家もしくは企業が資金を拠出してプロジェクトの建設に携わり、主として鉄道輸送ビジネスを通じて生まれるキャッシュフローによって投資回収し、その後20─30年以内にパキスタンに所有権を返すという方法だ。

中国の駐パキスタン大使ヤオ・ジン氏は、中国政府はBOT方式に前向きであり、国内企業に投資を「促す」だろうと話している。

中国の一帯一路イニシアチブが主導する巨大鉄道プロジェクトは、他のアジア諸国でも問題に直面している。

タイとラオスを結ぶ路線は資金調達の遅れに悩まされており、一方でマレーシアのマハティール新首相は、中国が200億ドルを拠出する「東海岸鉄道計画(ECRL)」をあっさり中止してしまった。

中国とパキスタンの関係に関する著作のあるアンドリュー・スモール氏は、中国政府は融資には積極的だが、パキスタンにおけるプロジェクトの大半は収益性に乏しいため、投資には腰が引けていると語る。「問題は、中国側がこのプロジェクトから利益を得られると考えておらず、BOTに熱心ではないことだ」

<簿外債務リスク>

2015年に中国の習近平国家主席がパキスタンを訪れた際、電力不足に終止符を打つため急務とされる発電所の整備と並んで、ML-1はCPECの中でも優先されるべき「早期収穫」プロジェクトの1つとして位置付けられていた。

だが、同じ扱いを受けていた他のプロジェクトの多くがすでに完了している一方で、鉄道プロジェクトは停滞している。

パキスタン政府当局者は、一帯一路に基づく契約がいつ中国企業に与えられるのか危ぶんでおり、ML-1の公開入札を急いでいる。

コストを見極める狙いもあり、パキスタンは当初アジア開発銀行(ADB)に対し、鉄道プロジェクトの一部について入札を通じた融資を行うよう求めた。ADBは15─20億ドルの融資について協議を開始したが、中国側が同プロジェクトは戦略的なものだと主張したため、パキスタン政府はADB融資を昨年断念したという。

「それほど戦略的であるなら、非常に譲歩した条件融資か、あるいは投資という形でもよいはずではないか」と、パキスタン政府高官はBOT方式について言及した。

中国外務省は、同鉄道プロジェクトについて、中国企業はオープンで透明性の高い形で同国の一帯一路プロジェクトに参加しており、「双方にとってのベネフィットを集約し、リスクを分担している」と語る。

アナリストは、パキスタンが同プロジェクトに中国以外の投資家を集めるのは困難であり、対中債務をさらに積み上げるか、同プロジェクトの断念かという選択を迫られる可能性がある、と指摘する。

2017年、パキスタンはヒマラヤ地域における総工費140億ドルの巨大ダムプロジェクトにおける中国融資を断った。コスト面での懸念と、パキスタンが融資を返済できなくなった場合、スリランカの港湾で起きたように、重要な国家資産を中国に保有されてしまうのではないかと危惧したことによる判断だ。

カーン政権は、前政権の大票田だったパンジャブ地方において中国が手がけた都市間の大量輸送プロジェクトについて不満を抱いている。現在では、毎年数億ドルもの助成金が必要となっているからだ。

また、電力プロジェクト契約によって、政府の簿外債務が蓄積するリスクについても憤慨している。この契約で、前政権がドルベースで20%以上もの年間利回りを保証してしまったためだ。

ML-1鉄道プロジェクトについて、さらに真剣に疑念を抱く1人がパキスタンのイスマイル前財務相だ。

在任当時、財務省では常に同プロジェクトの成立可能性に懸念があったと同氏は言う。「国家的意義のあるプロジェクトだと人々が言う場合、通常、それは経済的に成立しないという意味なのだ」

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2018 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米シティ、ライトハイザー元通商代表をシニアアドバイ

ビジネス

アップル、関税で今四半期9億ドルコスト増 1─3月

ビジネス

米国株式市場=上昇、ダウ・S&P8連騰 マイクロソ

ビジネス

加藤財務相、為替はベセント財務長官との間で協議 先
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中