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焦点:日銀、緩和的な環境で模索する利上げ 0.5%超にらむ声も

2024年03月19日(火)19時03分

日銀がマイナス金利を解除し、大規模な緩和策を修正した。それでもなお物価目標実現への過程との認識のもと「緩和的な金融環境が継続する」(植田和男総裁)としており、当面は緩和的な状況を維持しつつ、政策調整の必要性を検討していくことになる。写真は都内の日銀で18日撮影(2024年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

Takahiko Wada

[東京 19日 ロイター] - 日銀がマイナス金利を解除し、大規模な緩和策を修正した。それでもなお物価目標実現への過程との認識のもと「緩和的な金融環境が継続する」(植田和男総裁)としており、当面は緩和的な状況を維持しつつ、政策調整の必要性を検討していくことになる。日銀内では経済・物価見通しが上方修正される状況になれば、早い段階での追加利上げが視野に入るとの声も聞かれ、最終的には前回の利上げ局面のピークである0.5%を超え、潜在成長率を上回る水準まで利上げするのが望ましいとの声も一部に出ている。

<消費やサービス価格に不安、次は慎重に>

消費者物価指数(除く生鮮食品、コアCPI)の前年比上昇率が2%を上回る期間が長期化し、人手不足や好調な企業収益を背景に昨年を上回る賃金上昇が期待される中でも、日銀は慎重にマイナス金利解除のタイミングを模索してきた。背景には、利上げを開始したら簡単に利下げできないという、金融政策運営上の「常道」が強く意識された側面があった。

それでも日銀は、個人消費がぜい弱という不安要素を抱えながらマイナス金利解除を決定した。賃上げ期待が消費マインドを支えており、賃上げが波及していくに従って個人消費は持ち直し、底割れは考えにくいとの見方があるからだ。

しかし、中小企業の賃上げがどの程度広がりを見せるのか、なお具体的なデータに乏しい。個人消費の先行きへの警戒感も根強く、個人消費が下振れれば、企業の値上げも進まず、消費者物価の基調的な動きに影を落とす。

サービス価格の上昇率拡大が緩やかにしか進まないことに懸念もくすぶっている。賃金と物価の好循環について、物価高を背景に賃上げは2年連続で実現しそうだが、賃上げ率が高くなってもサービス価格が急に上昇率を高めるような展開は想定しにくいとの見方が出ている。日銀では、次の利上げは慎重にすべきだとの声が聞かれる。

<2年で0.5%の思惑>

「どんどん利上げするような状況ではない」と内田真一副総裁が発言した2月の講演は、マイナス金利解除後の政策のあり方を具体的に論じたことで市場の注目を集めたが、講演で示した図表にも関心が向かった。

特に注目を集めたのは政策金利の市場予想を示したことで、2年間で0.5%まで利上げする姿は「日銀が思い描く政策金利のパスではないか」(エコノミスト)との見方も浮上した。

しかし、内田副総裁は講演後の記者会見で、マイナス金利解除後の利上げパスは「経済・物価情勢次第」と強調。図表で示した政策金利の市場予想については「endorse(支持)するつもりもないし、違うと言うつもりもない」と述べた。

内田副総裁が政策金利の市場予想を示した背景には何があるのか。

日銀では2つの「意図」が指摘されている。1つは、欧米の中央銀行とは対照的に、日銀の利上げパスは非常に緩やかなものになるとの市場の見方を海外の市場関係者にアピールすることだ。

日銀は1月の展望リポートで、2025年度にかけて基調的な物価上昇率が2%目標に到達する見通しを示したが、この先の2年間で2%超まで政策金利を引き上げること、つまり四半期に1度、0.25%ずつの利上げは想定しづらいとの見方が日銀では出ている。

もう1つの意図は、市場が非常に緩やかな利上げパスしか想定できないほど日本の実体経済はぜい弱だということだ。

内田副総裁は講演で、日本の予想物価上昇率は「2%に向けて上昇していく過程にある」とも指摘した。日銀では、この観点からも当面は緩和的な金融環境を続けていくことが必要だとの声が多い。

<強い賃上げ、経済・物価見通しを変えるか>

もっとも、春闘の集中回答や連合の1次集計の強い結果は日銀でもポジティブに受け止められた。連合の1次集計を踏まえ、みずほリサーチ&テクノロジーズの酒井才介主席エコノミストが連合の最終集計について推計したところ、定昇込みの賃上げ率4.8%、ベア3.1%となった。ベア3%はかつて、黒田東彦前総裁が2%物価目標との観点で望ましいとした賃上げ率だ。

強い賃上げが中小企業まで波及するのか、個人消費やサービス価格にどう影響するのかは、今後の利上げパスに大きく影響しそうだ。植田総裁は19日の記者会見で今後の利上げに関して「物価見通しがはっきり上振れるとか、上振れリスクが高まれば、政策変更の理由になる」と述べた。

日銀の一部には、将来の景気減速への対応余地を確保する観点から、経済環境が許せば前回の利上げ局面のピーク0.5%を上回る水準まで利上げするのが望ましいとの声もある。日銀推計の潜在成長率は0.71%で、実質中立金利は潜在成長率にほぼ近いとの考えに立てば、日銀が0.75%まで利上げすれば緩和的な局面は終わることになる。

日銀では、春闘を踏まえ、経済・物価の見通しが1月展望リポートの想定を上回って強くなれば、追加利上げは早くなりそうだとの声も聞かれる。緩和的な環境の下でどういう利上げパスが実現するのか、4月の展望リポートで示される数値が目先の焦点になる。

(和田崇彦 編集:石田仁志)

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