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アングル:英市場混乱の教訓、政策矛盾なら日本も次の攻撃対象に

2022年10月05日(水)15時20分

 イギリス金融市場の混乱は、日本にとって「対岸の火事」ではない。この先、日銀が金融引き締めに動き、バラマキ的な財政が続けば、政策の矛盾が表面化し、日本が次のターゲットになるおそれもある。写真は2016年2月、都内で撮影(2022年 ロイター/Toru Hanai)

伊賀大記 木原麗花

[東京 5日 ロイター] - イギリス金融市場の混乱は、日本にとって「対岸の火事」ではない。イギリスは利上げと財政拡張という不整合な政策がマーケットの攻撃対象となったが、日本でも金融緩和と円買い介入は逆方向の政策だ。この先、日銀が金融引き締めに動き、バラマキ的な財政が続けば、政策の矛盾が表面化し、日本が次のターゲットになるおそれもある。

<2つの教訓>

英金融市場混乱の教訓は2つ。1つは、マーケットは政策の不整合性を突いて攻撃する。もう1つは、利上げしても財政が放漫では通貨安は止まらないということだ。

イングランド中銀が利上げを進める中、トラス新政権は、大規模な減税と大幅な借り入れ増額を発表した。利上げによるインフレ抑制中の財政拡張というポリシーミックスは逆にインフレを増長させてしまうとして、整合性の取れない政策に批判が殺到。ポンドや英国債価格が急落した。

一方、日本で政策矛盾ではないかと一部から指摘されたのが、9月22日の円買い介入だ。日銀の金融緩和が円安要因の1つとされている中で、円買い介入で円安を止めるのは不整合だというわけだ。ドル/円はいったん上昇が止まっているが、円売りの火種は残っている。

ただ、「不整合とは言えない」(シティグループ証券のチーフエコノミスト、村嶋帰一氏)と擁護する声もある。「金融緩和と財政拡大は景気刺激的な方向性で同じだ。円安を円高に変えるわけではなく、急激な為替変動を止めるという意味での為替介入であれば、役割分担はできている」と、村島氏は話す。

イギリスは利上げしても、ポンド安を止めることはできなかった。円安を止めるために、日銀が金融引き締め方向に舵を切ることが必要という意見もあるが、そうすれば財政拡大路線とは逆方向となり、今度こそ政策の不整合性が生じてしまう。

<2国の相違点>

日本はイギリスほど利上げに迫られているわけではない。8月の総合消費者物価指数(CPI)でみて、イギリスは前年比9.9%上昇、日本は同3.3%上昇。円安は輸入物価上昇を通じ消費者にダメージを与えているが、グローバル企業の利益押し上げなどを通じたプラス面も小さくない。

8月末時点の外貨準備高は、イギリスが868億4000万ドル。日本は約1兆2920億ドルと10倍以上ある。米国債などを除く日本の預金は19兆円程度であり、22日のような2.8兆円規模の円買い介入をすぐに何度もできるわけではないが、急激な為替変動に対しては為替介入の手段が使える。

イギリスは対外債務国であり、経常赤字国だが、日本は対外純資産国で経常黒字国だ。日本は今のところ、自国のファイナンスを自ら行うことができる。

英中銀に緊急の国債買い入れを決定させたのは、英年金の危機だったとされる。「ライアビリティー・ドリブン・インベストメント(LDI)」と呼ばれる運用手法を使って、レバレッジを効かせて運用していたが、英国債の価格急落でマージンコール(担保の追加拠出)を迫られたとみられている。

一方、日本の年金ではイギリスのような事態は起きにくいという。「日本は資産と負債の時価評価を日々行うイギリスの年金ほど管理が厳しくないため、金利スワップを多用してレバレッジをかけるようなLDIは普及していない」とニッセイ基礎研究所の金融研究部金融調査室長、福本勇樹氏は指摘する。

<台頭する信用リスク懸念>

ただ、日本売りリスクもくすぶる。英市場の混乱を受けて「信用リスクへの警戒感が台頭し始めている」(JPモルガン証券のクオンツストラテジスト、高田将成氏)という。英中銀の国債買い入れ発表は、いったんマーケットを落ち着かせたが、イギリスのクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)はむしろ上昇した。

日本では、今秋にも編成する補正予算で30兆円が必要と声も出ている。最近の日本政府はコロナや物価高騰などへの対策として現金給付を増やしているが、効果は一時的、限定的として市場の批判も少なくない。

批判を浴びたトラス英政権の経済対策はGDP比で約6%だったが、日本の30兆円もGDPで約6%に相当する。国と地方の債務残高のGDP比(2021年)はイギリスの108%に対し日本は256%。日本の巨額債務は金融市場では周知の事実。日本のCDSは過去のピークにはまだ及ばないが、足元は上昇傾向だ。

「財政で景気を刺激すれば経常収支は悪化し円安になり、それが経常収支を悪化させるスパイラルに陥るおそれがある。英国のように政策ミスが続けば、円は上がる通貨という、まだ市場に残っているイメージが完全に転換するかもしれない」と、第一生命経済研究所の首席エコノミスト、熊野英生氏は指摘する。

英国をはじめ欧州の中央銀行は、景気が弱いにもかかわらず賃金とエネルギー価格のスパイラル的上昇に対応するため利上げせざるを得ない「難しいトレードオフ」に直面している。インフレが3%に近付きつつも賃金の上昇が緩慢な日本とは「状況が異なる」との見方が日銀内では主流だが、「財政コントロールが効きづらくなると(今回の英市場のように)こうなる」との声もある。

(伊賀大記 木原麗花 編集:石田仁志)

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