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焦点:運転席「無人」のテスラ車事故、規制のあいまいさ浮き彫りに

2021年04月21日(水)14時56分

 米電気自動車(EV)大手テスラのセダン「モデルS」が4月17日、運転席に誰も乗っていなかったとみられる状態で死亡衝突事故を起こした。これによって「半自動運転システム」の安全性が厳しく問われ、この分野に関する規制監督のあいまいさも改めて浮き彫りになっている。写真はテキサス州ヒューストン近郊で事故を起こした車の残骸、ソーシャルメディアより(2021年 ロイター/SCOTT J. ENGLE via REUTERS)

[バークレー(米カリフォルニア州) 20日 ロイター] - 米電気自動車(EV)大手テスラのセダン「モデルS」が17日、運転席に誰も乗っていなかったとみられる状態で死亡衝突事故を起こした。これによって「半自動運転システム」の安全性が厳しく問われ、この分野に関する規制監督のあいまいさも改めて浮き彫りになっている。

事故があったテキサス州ハリス郡の警察は、このモデルSはカーブを曲がりきれず木にぶつかって炎上し、助手席にいた人と、後部座席の自動車オーナーが亡くなったと説明した。

テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は19日、暫定的に同社が取り込んだデータによるとこの車は、車線維持や自動ブレーキといった「オートパイロット」と呼ばれる半自動運転システムが作動しておらず、より高度な「フルセルフドライビング(FSD)」は装備していなかった、とツイッターに投稿した。

こうしたオートパイロットやFSD、そして他のメーカーが製造している類似の機能こそが、自動車と道路の安全に責任を負う当局者に課題を突きつけている。

米道路交通安全局(NHTSA)はまだ、オートパイロットのような半自動運転システム、もしくは完全自動運転車(AV)向けの特別な規制ないし性能基準を導入していない。そうしたシステムが必ず意図通りに使われるように、または運転手が間違った使い方をしないようにメーカーに要求するルールもない。唯一存在するのは、車両へのハンドル装備と人間によるコントロールを義務付ける連邦規則だけだ。

性能や技術についての基準がないので、オートパイロットのようなシステムは規制面でのグレーゾーンに置かれている。

オートパイロットが作動していたテスラ車による衝突事故は、今回以前に何件もある。一方テスラは昨年10月以降、FSDのベータ版を約2000の顧客向けに提供しており、実質的に公道における機能の試験を可能にしている形だ。

ハリス郡の警察は現在、テスラのデータに対する捜索令状を請求している段階で、今回の事故の被害者は車両の自動運転機能を試そうとしていたという目撃者の情報も明らかにした。

<グレーゾーン>

規制面の混乱を助長しているのは、伝統的にNHTSAが車両の安全を規制する一方、運転手の監督は各州の車両管理局(DMV)が担うという体制だ。

つまり半自動運転システムの場合、搭載されたコンピューターと運転手のどちらが車両をコントロールしているのか、あるいは半々なのかがはっきりしない、と米運輸安全委員会(NTSB)は指摘する。

カリフォルニア州はAVの規制を導入したものの、これが適用されるのは人間の監視や物理的なコントロールなしで運転ができる技術を備えた車両で、テスラの自動運転システムはなおそうした基準を満たしていないと州のDMVはみている。テスラ車の技術は、規制対象外の「先進的運転支援システム」とみなされるという。

そうなるとテスラのオートパイロットやFSDは、顧客向けに新たな試験版が投入されている中でも、同州における規制は宙に浮いたままだ。

NHTSAは今週、これまでにテスラ車の衝突事故28件を調べ、今も24件は調査を続けており、そのうち今回を含めて少なくとも4件が3月以降に起きたとした。

運転支援技術を巡る問題に対処するには安全性を脅かす車両のリコールをメーカーに要求できる権限で十分、というのがNHTSAによって繰り返されてきた主張だ。しかしテスラの運転支援技術に関係する問題で処分が下されたケースはない。

これに対してNTSBは、運転支援技術を装備した車両とAVの規制でNHTSAが「野放し」の姿勢を取っていると批判している。

NTSBのロバート・サムウォルト委員長は2月1日付のNHTSA宛て書簡に「NHTSAは、部分的ないし低レベルの自動運転車と定義される車両に手を打つことを拒み、技術レベルがもっと高まってからAVシステムに連邦の最低基準を満たすことを義務付けようとしている」と記述。NHTSAが何も基準を設けないのでメーカー側は運転支援技術の限界を超えるような場所でもそうした車両を動かし、試験できる状態になっていると苦言を呈した。

<安全性検証できず>

NHTSAはロイターに、バイデン政権発足とともにAV関連の規制見直しを進めているところで、運転支援システムに関する政策を改善する上でNTSBの提言を歓迎すると述べた。

市販されている最先端の自動運転技術であっても常に運転手には注意義務が生じると説明し、「これら技術の誤用として、最低限のものが注意散漫な運転だ。全ての州は運転手に安全な車両運行の責任を持たせている」と強調する。

NTSBは、こうしたシステムの安全性担保の仕組みをメーカーが採用しているかどうかについて、NHTSAには検証する手段がないとも指摘している。例えば連邦レベルでは、運転手に一定の間隔でハンドルに触れていることを求めるルールはない。

サウスカロライナ大学のブライアント・ウォーカースミス教授(法学)は「NHTSAは自動運転車のルールづくりに着手しているとはいえ、半自動運転車の規制はゆっくりとしか進んでいない。半自動運転車はもっと優先的に厳しい目を向け、規制措置を講じる対象だとの認識が広がってきている」と語った。

<強気のマスク氏>

テスラも自動運転の限界を警告している。自動運転技術ディレクターのアンドレイ・カーパシー氏は昨年2月、停車しながら緊急灯を点滅させているパトカーの認識がオートパイロットの課題の1つになっていると認めた。

それから1年余りで停車中のパトカーにテスラ車が衝突した事故が4件発生し、16年以降ではオートパイロット作動中の車両が起こした死亡事故が最低でも3件ある。

この4件全てについて安全当局と警察、地元自治体が捜査しており、警察によるとこのうち少なくとも3件はオートパイロットが作動していた。ノースカロライナでは、スマートフォンで映画を鑑賞していた医師の車が警察車両にぶつかっている。

もっともこれらの事故やその捜査にもかかわらず、テスラ車の自動運転能力を売り込むマスク氏の動きにブレーキはかかっていない。

マスク氏は最近のツイートで「FSDベータ版9.0の準備がほぼ整った。特に非常に曲がりにくい道や悪天候の対応が大きく改善している。純粋にカメラだけで、レーダーは使わない」と言い切った。

またテスラは人工知能(AI)と機械学習を駆使し、公道上の100万台から立体イメージのデータを収集してオートパイロットの改善にも取り組んでいる。

(Hyunjoo Jin記者、David Shepardson記者、Tina Bellon記者)

ロイター
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