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焦点:雇用と企業収益の指標に「水膨れ」疑惑、揺らぐGDPの信認
9月26日、個人消費に影響を与える「雇用者報酬」と設備投資に関連のある「企業収益」に関し、データ水膨れの疑念が民間エコノミストから浮上している。写真は都内の交差点を渡る人たち。2015年3月撮影(2018年 ロイター/Yuya Shino)
[東京 26日 ロイター] - 個人消費に影響を与える「雇用者報酬」と設備投資に関連のある「企業収益」に関し、データ水膨れの疑念が民間エコノミストから浮上している。統計データが実態と乖離したまま「一人歩き」すれば、合理的な政策判断ができず、誤った方向に対策が実行されかねないとの危惧も出ている。
消費と設備投資という国内総生産(GDP)を構成する大きな要素について、関連性の高い「雇用者報酬」と「企業収益」がともに過大積算されているということになれば、安倍晋三首相が目指すGDP600兆円へと近づいても、その信ぴょう性に「疑義」が生じかねない。
<所得が突然高い伸びに>
GDP統計で注記されている「雇用者報酬」が、今年初めから高い伸びを示してきた。政府関係者の間では、人手不足の影響で賃金が上昇してきた結果と前向きに評価する声があった一方、賃金上昇の割合に比べて民間消費の伸びが鈍いことに首をひねる関係者もいた。
この点に関連し、複数の民間エコノミストは、厚生労働省発表の毎月勤労統計の給与総額と総務省発表の労働力調査における就業者数が、ともに「高過ぎる」伸びを示し、それを元に算出するGDPベースの雇用者報酬を実態以上に押し上げている「疑い」を指摘している。
このうち、厚労省が作成している毎月勤労統計では、今年1月にサンプル企業の3分の1が変更された。旧サンプルでは25万8100円だった今年1月の給与(決まって支給する給与)が、新サンプルでは2086円高くなった。
その結果、給与総額の伸びが昨年までの1%未満から1-3%の伸びに高まり、GDPでの雇用者報酬を押し上げる一因となっている。
マクロ統計に詳しいエコノミストからは、今回のサンプル変更で、雇用・所得環境に関する実体把握が難しくなったとの声が相次いだ。
<厚労省は小規模企業の退場が原因と説明>
これに対し、厚労省は1)サンプル換えにより新たに加わった企業の給与がやや高めだった、2)経営者の高齢化などで相対的に賃金水準の低い小規模企業のウエートが減少──したと指摘。このことで平均給与を押し上げる方向に働いたと説明している。
だが、この説明に民間サイドから異論も出ている。SMBC日興証券・シニアエコノミストの宮前耕也氏は、サンプルの入れ替えについて、新サンプルを2年継続しないと、正確に前年比を算出できず、それを行っていないのは極めて問題だと指摘。
毎月勤労統計の賃金の伸びについて「小規模企業のウエートが低下したという経済構造の変化としての小規模企業の減少と、平均給与の傾向がすり替えられている」と話す。
一方、厚生労働省で同統計を担当する政策統括官付雇用賃金福祉統計室では「以前は全ての企業を入れ替えていたので段差が大きかったため、補正をしていた。だが、今回は3分の1だけの入れ替えのため、段差は小さくなっており問題はない」と説明している。
ニッセイ基礎研究所・経済調査室長の斎藤太郎氏は「厚生労働省が段差を改訂しないなら、GDP統計を策定している内閣府で雇用者報酬に実態を反映するようデータを取り寄せて過去から改訂すべき」と述べている。
また、労働力調査による就業者数は、昨年までは月60万人前後の伸びだったが、今年に入り160万人前後と急増した月が続いた。その結果、所得と人数を掛け合わせた雇用者報酬全体の伸びが、18年になって著しく改善している。
この点について、総務省の担当者は、データの収集方法を変えておらず、急激な増加の理由はよく分からないとコメント。複数のエコノミストからも合理的な理由が見当たらないとの指摘が出ている。
<企業増益も二重計上で誇張の可能性>
企業利益についても、実態と異なる結果が公表されている可能性が指摘されている。「企業の経常利益は、誇張されて過ぎている。2015年度の経常利益68兆円に対し、二重計上分が14.6兆円もある。実体との乖離は年々拡大している」──。第一生命経済研究所の副主任エコノミスト・星野卓也氏はこう試算する。
同氏が持ち株会社分の利益を国税庁調査などから差し引いて試算したところ、13年のアベノミクス以降は、それまで5兆円程度だった二重計上分が15年には14.6兆円と近くまで3倍にも拡大。16年はやや縮小し11.5兆円だった。
背景には、持ち株会社の増加で連結ベース決算が広がっていることがあると、星野氏はみている。
同統計を策定している財務省財務総合計画研究所は、この指摘について「二重計上されている可能性は確かにある」と認めている。
これを解消するために、利益を単体と連結決算両方で把握する方法もあるが、同研究所は「調査の趣旨として適切な対象が項目ごとに異なるが、記入が複雑になると企業負担への斟酌(しんしゃく)もあり、そう簡単な話ではない」と述べ、具体的な改善策が見いだせていないと説明する。
星野氏は企業の実体がより低水準であるなら、それを基に分析する労働分配率や設備投資と内部留保との関係についても評価が異なってくると指摘。企業に対する政策自体も違ったものになっていた可能性があるとみている。
宮前氏は「統計にゆがみがあると、政策の土台となる原因の把握を誤る可能性が高い」として、政府に対し、統計と実態の乖離の是正を求めている。
(中川泉 編集:田巻一彦 )