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焦点:FRBもECBも注目、日銀の低金利政策は特効薬か

2019年07月19日(金)10時57分

[東京/ワシントン/フランクフルト 15日 ロイター] - 世界的に景気後退懸念が強まるなか、米連邦準備理事会(FRB)を含め、政策オプションの強化に頭を悩ませる各国の中央銀行当局者が、日本流の低金利政策に関心を寄せている。

日銀が2016年9月に導入した「イールドカーブ・コントロール(長短金利操作=YCC)」は、短期金利に焦点を当てた伝統的な中銀の手法と異なり、消費者の借り入れコストや消費行動に直接影響を及ぼす長期金利の誘導を目標にしている。

複数の関係筋によると、日銀にはFRBを始め、各国中銀からYCCについて問い合わせが来ているという。

最近ではブレイナード理事やクラリダ副議長など複数のFRB幹部が、この手法に言及している。ブレイナード氏は、この手法を選択肢に含めることには慎重なものの、「それについてもっと学びたい」と発言している。

YCCへの関心は、FRBと日銀、そして欧州中央銀行(ECB)という世界の三大中銀が直面するジレンマの裏返しといえる。2007─09年の金融危機以降、金利をゼロ%から一定程度以上引き上げることができたのは米国だけだが、そのFRBですら、世界経済の減速と根強い低インフレを受けて再び金利の引き下げを決断するとみられている。

仮に主要な経済大国が同時に「低インフレ、低成長、低金利」の世界に陥れば、教科書的な中銀の機能は、明確な代替策がないまま崩壊するとの見方が世界的に広がっている。

「多くの政策選択肢についてオープンに考えている」と、シカゴ連銀のエバンス総裁は話す。

「一番重要なのは、どんな政策を取るにせよ、それを用いてわれわれが義務を達成しようとしていること、そしてその政策が適切に設定されているかを示せることが重要だ」

<新たな標準>

FRBも日銀もECBも、危機対応で非伝統的な政策に全力を投じてきた。量的金融緩和政策で市場に出回る資金を増やすため、それぞれが数百兆円規模の資産買い入れに踏み切った。この金融緩和策の有効性には議論もあるが、今後も再び導入される可能性が高い。

中でも日銀は、他の中銀よりも一歩踏み込んでいた。

短期金利がマイナスになっても効果がほとんど見られないなか、日銀は2016年9月、停滞した消費を活性化させるため、長期金利をゼロ%付近に誘導するという大胆な実験に出た。

イールドカーブ・コントロールと呼ぶこの手法は、短期金利と長期国債利回りのそれぞれに誘導目標を設定する。目標達成のために必要な量の国債を買い入れるため、市場に政策目標が理解されやすくなり、企業や家計も計画が立てやすくなる。

FRBのブレイナード理事は、5月のFRBのイベントでこの手法についてこう述べている。

「われわれが伝統的に対象にしてきた短期金利がゼロ%になったなら、より長期の国債を対象にするかもしれない。例えば最初は1年金利を対象にし、もしさらなる刺激策が必要ならば、2年金利のカーブを対象とするなどだ」

日本では、一部で成果を上げている。

日銀がYCCによる誘導目標設定の対象とした10年物国債の金利は、目標のゼロ%付近でほぼ推移している。小売売上高は過去31カ月間、1カ月だけを除いて前年比上昇している。日本では1990年代以降で初めてのことだ。

だがインフレ率は、日銀が目標とする2%には遠く届かず、一部ではYYCによってむしろインフレ目標の達成が遠のいたとの懸念も出ている。

元日銀理事でみずほ総合研究所・エグゼクティブエコノミストの門間一夫氏は、長期金利を低く抑える政策を長く続けること自体が、「かえって期待インフレ率を下げてしまうとの議論もある」と指摘する。

<YCCの弊害>

長期金利の抑制は、FRBに別の弊害を招く可能性がある。金利が急騰した際に巨額の国債買い入れを迫られることになり、量的緩和策に対する各方面からの批判が再燃しかねない。

日銀は2018年7月、FRBの利上げで世界的に金利が上昇し、10年物金利がじりじりと上がったことを受け、利回り0・11%で長期国債を無制限に買い入れる「指値オペ」を実施することを余儀なくされた。

日銀にとってさらに困難なのは、金利を一定の水準以上に維持することだ。低迷する金利を引き上げるために国債の買い入れを減らし過ぎれば、インフレ目標が達成されるまでお金を市場に支給し続けるという公約と矛盾するからだ。

FRBが今月の連邦公開市場委員会(FOMC)で金利を引き下げる見通しが強まり、日本を含め世界中で金利が低下した。日本の10年物国債の金利は先月、この3年で最低水準のマイナス0.195%に低下した。

「長期金利が相当長い期間マイナスに沈んだ状態が続いた場合、YCCは難しい局面を迎えるかもしれない」と、日銀の政策議論に詳しい関係筋は予測する。

<ECBとFRBの間>

FRBは2011年と12年に、資産規模を変えずに短期債を減らして長期債を増やす「オペレーション・ツイスト」という手法を試している。これにより、不動産ローンなどの借り入れコストが低下し、実際にインフレ率も一時上向いた。

だが、長期金利に再び明示的に誘導目標を設けることには政治的困難が伴う。中銀の「やり過ぎ」や市場介入への懸念が再び強まるためだ。

ECBにとっても、YCCは別の理由から実現が難しい。

ユーロ圏には共通の債券がないため、ECBは域内19カ国の国債のうちどれを対象にするかを決めなければならなくなるのだ。

もしECBが加盟国間の国債の金利差を縮めたり、誘導目標の対象にしようとすれば、財政規律の緩い国を守ったとの批判を浴びかねない。

FRBにとって鍵となるのは、米国債市場にどの程度の影響力を持ちたいか、あるいは持ち得るのか、という問題だ。

アナリストは、日本国債の市場における巨大な存在感が日銀の成功の鍵のひとつだと指摘する。成長率を回復軌道に乗せるため何年間も大量に買い入れた結果、日銀は発行済み国債の約45%を保有するに至っている。

対照的にFRBは、市場性のある米国債15兆9000億ドル(約1700兆円)のうち、現在13%程度しか保有していない。

日銀の政策に詳しい別の関係筋は、大量の国債保有によって「日銀は市場をかなりコントロールしており、それがYCCを相当強力なツールにしている」と指摘した。

(木原麗花記者、Howard Schneider記者、Balazs Koranyi記者、翻訳:山口香子、編集:久保信博)

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