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焦点:カタール投資戦略に変化、不本意なクシュナー物件救済で

2019年02月16日(土)08時55分

Dmitry Zhdannikov, Herbert Lash and

[ロンドン/ニューヨーク/ドバイ 11日 ロイター] - 経営難に陥ったニューヨーク超高層ビルの救済を、カタールが意図せず手助けした可能性があるというニュースが報じられ、同国首都ドーハでは驚きが広がった。ビルのオーナーがトランプ米大統領の娘婿ジャレッド・クシュナー氏の実家が経営する不動産開発企業だったからだ。

ホワイトハウス上級顧問を務めるクシュナー氏は、湾岸諸国によるカタール断交を主導したサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子と親密な関係にある。カタール政府の否認にもかかわらず、サウジ政府は同国がテロリズムを支援していると非難している。

カタール政府が出資するブルックフィールドは、世界各地で不動産投資を展開しており、同社が昨年締結した契約により、クシュナー・カンパニーズがマンハッタンに保有するオフィスタワー「666フィフス・アベニュー」は、資金難から逃れることができた。

この救済にカタール政府は関与しておらず、報道を通じて初めて知った、とこの件に詳しい2人の関係者がロイターに明らかした。これを機に、豊富な天然ガス資源を誇るカタールでは、大規模政府系ファンドを通じた海外投資手法を見直す動きが広がっている。

同国は、カタール投資庁(QIA)が完全にコントロールできないファンドなどの投資手段に対して、出資を見送ることを決定した。同庁の戦略に詳しい関係者が明らかにした。

「今回の救済になぜ自国が巻き込まれたのかについて、カタールが調査を開始し、それは共同所有のファンドが原因だったとの結論に達した」と1人の関係者が語った。「そこでQIAは、最終的に戦略を見直すことになった」

QIAはコメントを拒んでいる。

「666フィフス・アベニュー」の救済は、カナダのブルックフィールド・アセット・マネジメントが、傘下のブルックフィールド・プロパティ・パートナーズ(BPY)を介して行った。QIAは5年前にBPYの株式9%を取得している。

ブルックフィールド側はコメントを拒否している。

QIAが戦略転換したのは昨年末だった、と関係筋は語る。これは、世界で最も秘密主義とされる政府系ファンドの考え方を垣間見る、珍しい機会となった。

3200億ドル(約35兆4000億円)超の運用資産を抱えた世界最大級の政府系投資機関QIAが打ち出した今回の戦略見直しは、世界的な投資環境に大きな影響を与える可能性がある。

過去10年間、同庁は西側諸国に資金を注ぎ込んでおり、2008年のグローバル金融危機発生時には、英国やスイスの銀行を救済しただけでなく、ニューヨークのプラザホテルや、ロンドンのサボイホテル、ハロッズ百貨店など著名な不動産にも投資している。

<カタール断交の影響は>

クシュナー・カンパニーズが2007年、「666フィフス・アベニュー」をマンハッタンのオフィスビル買収額としては当時の最高額である18億ドルで手に入れたとき、ジャレド・クシュナー氏は同社のCEOを務めていた。以来、このビルは、同社の重荷となっていた。

債務負担に悩む「666フィフス・アベニュー」は昨年8月、ブルックフィールドが99年間の賃貸契約を結び、賃料を一括前払いしたことで救済された。契約の条件については明らかにされていない。

BPYはトロントとニューヨークで株式を上場しており、QIAは2014年に同社株式9%を18億ドルで取得している。

BPYの運用総額は約870億ドルで、これは親会社ブルックフィールド・アセット・マネジメントが抱える総額3300億ドルを超える運用資産の一部だ。QIAによるBPY株購入は、米国の一流不動産向け投資を加速する戦略に沿ったものだ。とはいえ、QIAはBPYの取締役ポストを獲得していない。

「666フィフス・アベニュー」の案件にQIAは関与していないと、ブルックフィールドに近い関係者は言う。ブルックフィールド側では、事前にQIAに通知する義務を負っていなかった。

QIAの戦略に詳しい関係者2人によれば、この救済はカタール政府をいら立たせたという。トランプ大統領の娘イバンカ氏と結婚したクシュナー氏は、以前より、米政府におけるサウジ皇太子の主要な支持者の1人だった。ムハンマド皇太子はサウジ国王のお気に入りの息子であり、王位継承者の立場にある。

ムハンマド皇太子は、2017年半ばより湾岸諸国に対して隣国カタールとの断交と禁輸措置を呼びかける主導的な役割を果たした。サウジ、アラブ首長国連邦、エジプト、バーレーンは、カタールがテロを支援していると非難。カタール政府はこうした疑いを一蹴。これは単に同国の主権を奪おうとする試みだと主張している。

「QIAのような存在にとって、ファンドを介して投資するメリットは何もない。カタールは資金がどこに向かうのか、完全に可視化したいと思っている」とQIAの戦略に詳しいもう1人の関係者は言う。

カタール政府が今回の救済を懸念している背景の1つは、トランプ政権に影響を及ぼそうとするカタールによる試みだとする間違った憶測を招きかねない点だ、と同関係者は説明する。

QIAがブルックフィールドなどファンドに対する既存の投資を引き上げることはないだろうが、今後こうした投資は行われない、と関係者2人は言う。ブルックフィールドに近い関係者は、QIAとの関係は依然として強固だと話している。

<大規模投資の火は消えず>

戦略見直しに続き、QIAは昨年11月、経営上層部を刷新した。

長年にわたりQIAを率いてきたシェイク・アブドラ・ビン・ムハンマド・ビン・サウド・アル・サーニー氏に代わり、リスク管理の責任者だったマンスール・ビン・エブラヒム・アル・マフムード氏がトップの座についた。また、シェイク・ムハンマド・ビン・アブドラフマン・アル・サーニー外相がQIA会長に任命された。

世界首位の天然ガス輸出による国富を誇るカタールは、どの程度の資金を外部のファンドマネジャーに託しているか、データを開示していない。

政府系ファンドから定期的に資金調達している西側ファンドマネジャーは、「最近の様子では、あまり多くの資金を外部に託していないようだ」と語る。「自力で直接投資しているか、現金資金を多く抱えているかのどちらかだろう」

カタールの投資戦略変更は、資金管理を厳格化する試みとして外部の投資運用会社への依存を減らしていこうという、各国政府系ファンドの間に広く見られる傾向を反映したものだ。

たとえばアラブ首長国連邦の政府系ファンド、アブダビ投資庁は昨年、2017年に外部ファンドマネジャーに運用委託した資産の割合が、前年の60%から55%に下がったと述べている。

だが、QIAが投資先の選択に神経質になりつつあるとはいえ、大規模な国際的買収志向が後退する兆候はほとんど見受けられない。

QIAのマフムード新長官は12月、西側諸国での不動産や金融機関などの「古典的」投資に力を注いでいるものの、テクノロジーや医療といった分野向け投資も加速させていく、とロイターに語った。

「カタール側のトップからは、積極的に大きな案件を進めていけという指示が出ている」とカタール当局者と協議を進めている西側の銀行関係者は語る。

湾岸諸国による禁輸措置によって、QIAは当初、公共セクターの企業から集めていた430億ドルの約半分を、資金流出の影響を緩和するために国内銀行に投入せざるを得なかったが、禁輸措置が続く中でも投資交渉をやめることはなかった、とこの金融関係者は述べた。

過去2年間の石油・天然ガス価格上昇を背景に、カタールは依然として、同国の名を何よりも知らしめた行動、つまり著名不動産購入という路線を堅持している。

QIAは2017年、英国における投資額を300億ポンド(約4兆3000億円)から350億ポンドに引き上げると宣言。その後、英国の不動産に約17億ポンド、インフラストラクチャーに11億ポンドを投じている。

ここ数カ月間でも、カタールはニューヨークのプラザホテル、ロンドンの高級ホテル、グロブナー・ハウスを買収している。

(Dmitry Zhdannikov記者, Herbert Lash記者、Saeed Azhar記者、翻訳:エァクレーレン)

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