コラム

「ネット・ニュートラリティー」はなぜ万人にとって大問題なのか

2014年01月24日(金)12時46分

 ここ10数年にわたって、浮かんでは消え、浮かんでは消えてきた「ネット・ニュトラリティー」、あるいは「ネット中立性」の話題が、最近再浮上した。

 通信会社大手のベライゾンが連邦通信委員会(FCC)を相手に起こしていた裁判で、ワシントンの連邦巡回訴訟裁判所が1月14日、ブロードバンド回線を提供する通信業者にネット中立性を適用するのはFCCの権限を逸脱しているという判断を下したのだ。

 のっけからややこしい話だが、そもそもこのわかりにくさがネット中立性が抱える問題である。したがって、普通の人々はよく理解することができない。そもそも自分に何の関係があるのかさえわからない。

 しかし、インターネットのユーザーとしては、ネットのトラフィックを管理しているのは誰なのか、牛耳ろうとするのは誰なのかを理解するために、ある程度は意識的に追っておいた方がよい内容だ。場合によっては迷惑も降り掛かってくることなのである。

 まず「ネット中立性」とは、それらが合法的である限り、利用するアプリケーションやコンテンツ、サービスなどの条件によって、接続や通信速度を差別してはならないという考え方だ。たとえば、ある通信業者が特定のサイトが気に入らないからとか、自社のサービスに競合するといった理由で、なかなかページがダウンロードされなくするような手段に出てはならないということである。

 わかりやすくするために、川を行き来する船にたとえてみよう。通信会社は船の運行会社で、グーグルやアマゾンは造船会社、われわれユーザーは乗船客だ。乗船客は運行会社に通船料を払っている。だが川は公共でみんなのものなので、その通行はみなに平等であるべきだ。つまり、運行会社は船を誰が作ったとか、どこから来たとか、どんなモノを載せているのかによって、通行を妨げたりすることは禁じられてきた。

 実はこのネット中立性は、従来の電話やケーブルTVについては規制として成立していた。もっとさかのぼると、「みんなのための乗り物(コモン・キャリア)」という中立性の概念は、そもそも列車時代に成立した考え方である。人や荷物の内容によって、列車に載せるとか載せないを差別してはならないということだったのだ。

 だが、ブロードバンド通信は最近の技術であるためコモン・キャリアとして分類されず、あいまいにされてきた。それが2010年に「オ−プン・インターネット・ルール」というFCCの新規定として採用されたのだが、それが今回、コモン・キャリアに分類されていないのならば中立性を求める権限はFCCにはないと覆されたことになる。ブロードバンド通信がコモン・キャリアに分類されてこなかった背景には、共和党対民主党間の政治的反目もあるが、これは今回は割愛しよう。

 さて、冒頭に挙げた判決では、極端に言うとブロードバンド回線を提供するベライゾン、AT&Tなどが、グーグルやアマゾン、ネットフリックスなどのサービスに意地悪をして、ユーチューブのビデオが途中でフリーズしたり、アマゾンのストリーミング映画がなかなか始まらなかったりするような手立てを講じることが可能になるのを意味する。

 そして、ユーザーたちにそんな思いをさせたくないのならば、通信帯域のためにもっと金を払えと、ネットサービス会社に巨額の料金を要求してくることもできるのだ。これは日本で言われる「ネットただ乗り論」に通じるものだが、アメリカの場合はただの上乗せ料金是非論だけではなく、もう少し微妙な色合いを拾い上げているように思える。

 たとえば今回の判定の結果、すぐにとは言わないがこんなことができるようになる。通信会社が、グーグルやアマゾン、ネットフリックスなどに追加料金を要求する。払わなければ、ブロードバンド通信のスムーズさは約束しないと言い出すかも知れない。サイト側は反発するだろう。そしてユーザーも声を上げるだろう。

 だが、ユーザーの使い勝手を優先するために、いずれ各社は料金を払うようになる。しかも、その料金はいずれわれわれユーザーへ跳ね返ってくる。今は無料なものが有料になったり、手頃だった利用料金が値上げされたりすることにもなるだろう。

 もし追加料金を要求しない場合でも、通信会社が自分たちだけのためにもっと高速の通信接続を利用するかもしれない。コムキャスト、タイムワーナーなど通信会社はケーブルTVや独自のコンテンツを持っているところがほとんどで、これまでインターネット上で映画やビデオをストリーミングするサービスを苦々しく思っていた。今回の判決で、ここぞとばかりに自分たちだけの特別帯域を確保して、巻き返しを図ることもあり得るのだ。上の川のたとえで言うと、川をふたつに仕切って、片方だけを自分たち専用にするようなものだ。

 また、イノベーションの面から見ても懸念が残る。高い料金を払える大企業と、スタートアップ、あるいは発明心に富んだ個人との格差がどんどん広がっていくからだ。ふたたび川のたとえに戻ると、高い料金を払えるグーグルやアマゾンは船を大きくするだろう。そして川幅を塞いでしまう。もし、新しいスタートアップが面白い船を発明しても、大きな船が行く手を阻んで通れない。面白いネットテレビ局を立ち上げようとする個人も、接続が悪くて視聴者がいつかなくなる。

 持てる者と持たざる者、既得権を持つ者と新参者の差がどんどん大きくなってしまうのだ。そして、これはコンテンツのサービスだけではなく、クラウドを利用した新しいアプリケーションやサービスなどもっと広い範囲にも影響が出てくることなのだ。

 FCCが次にどんな動きに出るのかはわからない。政治的な障害も満載だ。ネット中立問題は、まだ始まったばかりなのだ。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

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