コラム

パレスチナ国連加盟申請の背景

2011年09月26日(月)15時06分

 野田首相の国連外交デビューがすっかり霞んでしまったのは、仕方ないだろう。パレスチナのアッバース議長による国連加盟申請の演説が世界の耳目を集めたあとでは、どんな話題も二の次になる。

 オバマ米大統領が拒否権発動を明確にし、イスラエルがアフリカなどから申請反対票をかき集めようとしている状況で、アッバースがいくら感動的な演説をしても国連加盟の実現性は低い。逆に、パレスチナ人たちに期待をもたせるだけ、その後の失望が暴動、抵抗運動の再激化につながるのでは、との懸念もある。

 だが抵抗運動の兆しが見られるのは、国連加盟の可否を問題にしてではない。一部では「すでに第三次インティファーダは始まっている」と見る見方もある。棚上げされたままの和平交渉、「イスラームとの和解」とか「中東和平は大事」というわりに何も進まないオバマ政権の対応。ブッシュ時代に期待できなかったのは仕方ないとしても、オバマ政権でもだめか、という挫折感が蔓延するなか、再び路上での抵抗運動でイスラエルに直接対峙するしかない、とのムードが、パレスチナ人たちの間に高まっていることは確かだ。

 このムード、当然現在各国で進行中の「アラブの春」の影響を無視することはできない。エジプトやチュニジアのように大人数がいっぺんに集まって抗議行動を行うことは、そもそもあちこちがイスラエルによって寸断されているパレスチナ人社会では、ほぼ不可能だ。にもかかわらず、「アラブの春」が始まって以降、若者を中心に、エジプト革命への連帯表明のデモや、「3月15日運動」と呼ばれる10万人規模の抗議デモが実施された。5月15日のナクバ(「大破局」の意味で、イスラエル建国でパレスチナ人が追放されたことを指す。この日は第一次中東戦争開戦日)の日には、自治区で数万人のパレスチナ人が抗議デモを組織しただけではなく、エジプトでも連帯のデモが見られた。

 こうした若者の運動は、イスラエルに対してもそうだが、今のパレスチナ自治政府に対しても強烈な批判を展開する。大統領相当のアッバース議長に代表され西岸を支配するファタハは、欧米からの援助におんぶに抱っこで腐敗や汚職にまみれている。とはいえ、それと対立するハマース率いるガザ自治政府の対イスラエル強硬姿勢がパレスチナ社会に光明を与えているというわけでもない。権力の座に固執する政治家たちという点では、ムバーラクやベンアリーとどう違うんだ、とばかりに、新世代の若者たちは旧世代のファタハやハマースへの不信を強める。イスラエル支配下という苦難のなかで、ファタハもハマースも権力抗争に明け暮れてばかりでいいのか?

 こうした民衆の圧力こそが5月初めの二派の和解合意に繋がり、アッバースの国連加盟申請の背中を押したのである。

 アッバースは国連演説で「今こそパレスチナの春を」と述べたが、本音は「パレスチナの春が自分たちに向きませんように」だったのだろう。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

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