コラム

日本の企業がアップルから学ぶべきこと

2010年05月28日(金)09時34分

 28日、いよいよアップルのiPadが日本でも発売される。本誌(日本版)の今週号の特集もiPadだ。そしてそれに合わせるかのように26日、もう一つの象徴的な出来事が起こった。アップルの株式の時価総額が2220億ドルとなり、マイクロソフトの2190億ドルを抜いたのだ。これでアップルは、エクソン・モービルに次ぐ世界第2位の企業になった。

 10年前に、誰がこんな状況を予想しただろうか。アップルは創業者スティーブ・ジョブズを追放したあと、経営の混乱で業績が低迷し、倒産寸前になってジョブズを呼び戻し、「暫定CEO」にしたが、その先行きを危ぶむ声が強かった。2001年にiPodが出たときも、メディアの反応は冷たかった。当時すでに携帯用音楽プレイヤーはたくさんあり、音楽配信サイトもレコード会社が運営しているが、どれもパッとしない。レコード会社をもたないアップルが参入しても勝算はないと見られていた。

 しかしアップルは成功した。というより、他社がみんな失敗したというべきだろう。ソニーは、傘下のレコード会社に遠慮してMP3ファイルをサポートしなかった。iPodの中核部品は東芝のハードディスクだったのに、東芝の出した音楽プレイヤーは鳴かず飛ばずだった。レコード会社の運営していた音楽サイトは、そのレーベルの曲しか聞けないため、すべてのレーベルをサポートするiTunes Storeに勝てなかった。

 ジョブズの閉鎖的なビジネス手法には批判が強い。iTunes Storeでダウンロードした音楽ファイルはiPod以外の音楽プレイヤーで聞くことはできないし、iPhoneのアプリケーションはすべてアップルの審査を受けなければならず、売り上げの3割をアップルに取られる。動画ソフトの標準である「フラッシュ」も、iPhoneやiPadでは使えなくなった。

 かつてアップルのマッキントッシュが安くてオープンなIBM互換機に負けたように、iPodやiPhoneにもオープンなライバルが出てきてアップルの独占を崩すだろう、と予想されていた。ところがiPodのクローンとして登場したマイクロソフトのZuneは救いがたいデザインで、iTunesよりもオープンだったRealPlayerは不安定で使い物にならなかった。iPhoneよりオープンなBlackberryも、iPhoneにシェアで逆転されてしまった。

 他方、かつて音楽産業のやったように訴訟で脅して消費者から金を取ろうという手法も、その衰退を止めることはできなかった。音楽産業が著作権法を盾にとって起こした愚かな訴訟は、業界のイメージを傷つけただけだ。「知財立国」を掲げて発足した日本政府の知的財産戦略本部も、最近は「コンテンツ振興策」とか、何をやっているのかわからなくなった。膨大なデジタル情報を、300年前にできた著作権法でコントロールすることは不可能である。

 しかしウェブ上のビジネスですべてをオープンにしたら、価格はゼロになってしまうので、何をクローズドにするかがポイントだ。すべてが無料に近づいてゆくインターネットの世界で収益を上げることはむずかしいが、そこにイノベーションの鍵もある。オープンかクローズドかというのは、今や競争に勝つ決定的な要因ではない。コンピュータが事務用品ではなく娯楽用品になった今では、iPadのようにネジさえなく、壊さないと中を見ることのできないクローズドな製品でもいい。エンターテインメントにとって重要なのは、「オープン」かどうかより「クール」かどうかだ。

 27日、ソニー、KDDI、凸版、朝日新聞が電子書籍の新会社を設立すると発表した。その旗印は「電子書籍のオープン・プラットフォーム」だが、オープンという名のもとに企業の合従連衡でビジネスを進めると、スピードで後れをとることが多い。この新会社も、ぎりぎりまで調整がもつれて社名も決まらず、7月に企画会社を設立するが、どういう商品が出てくるのかもわからない。「紙の出版を守る」ことを電子出版の条件にしている日本電子書籍出版社協会が設立に賛同しているのも、悪いニュースだ。アップルが示したのは、凡庸なコンセンサスよりエレガントな独断がまさるということだが、この「日の丸連合」は大丈夫だろうか。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

EUはトランプ関税に屈服せず 対抗措置も検討=貿易

ビジネス

富士フ、印タタ・グループ傘下企業と提携 半導体材料

ビジネス

ノジマ、26年3月期は増収増益予想 買収のVAIO

ワールド

インドがパキスタンの「テロ拠点」攻撃、8人死亡 イ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 2
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 3
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗と思え...できる管理職は何と言われる?
  • 4
    分かり合えなかったあの兄を、一刻も早く持ち運べる…
  • 5
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 6
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 7
    「欧州のリーダー」として再浮上? イギリスが存在感…
  • 8
    首都は3日で陥落できるはずが...「プーチンの大誤算…
  • 9
    ザポリージャ州の「ロシア軍司令部」にHIMARS攻撃...…
  • 10
    メーガン妃の「現代的子育て」が注目される理由...「…
  • 1
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 2
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得る? JAXA宇宙研・藤本正樹所長にとことん聞いてみた
  • 3
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1位はアメリカ、2位は意外にも
  • 4
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    古代の遺跡で「動物と一緒に埋葬」された人骨を発見.…
  • 8
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が…
  • 9
    日々、「幸せを実感する」生活は、実はこんなに簡単…
  • 10
    シャーロット王女とスペイン・レオノール王女は「どち…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story