コラム

Winny判決で司法はインターネットの常識に追いついた

2009年10月08日(木)18時07分

 ファイル共有ソフトWinnyの開発者、金子勇被告が著作権法違反に問われた裁判の控訴審で、大阪高等裁判所は8日、一審(京都地裁)の有罪判決を破棄して無罪を言い渡した。判決要旨を読むと、二審判決は事実認定については一審とほとんど同じだが、ソフトウェアを開発したことが著作権侵害の「幇助」にあたるかどうかについて「ソフトの提供者が違法行為をする人が出ることを認識しているだけでは足りず、違法行為のみに使用させるように勧めて提供する場合に幇助犯が成立する」という新しい基準を示した。

 これはWinnyが「著作権侵害に使われることを被告が認識していた」ことをもって幇助の成立を認めた一審判決に比べて、違法性の範囲を狭く解釈したもので、日本のインターネット・ビジネスにとっては朗報である。Winny事件以来、P2P(コンピュータ間で直接ファイル転送する)ソフトはすべて違法だという印象が広がり、日本では開発が止まっていたからだ。この間に世界ではBitTorrentやSkypeなどのP2P技術が普及し、日本のインターネット技術は大きく立ち後れてしまった。

 Winnyが摘発された背景には、アメリカで開発されたP2Pサービス、ナップスターを違法とする判決が2000年に出たあと、P2Pサービスやソフトウェアが世界各国で違法とされた流れがある。しかしソフトウェアの開発者を逮捕したのは日本が初めてで、世界にも衝撃を与えた。というのは「違法コピーに利用される」という基準を厳格に適用すると、インターネットを使うソフトウェア開発はほとんど違法になってしまうからだ。

 そもそもインターネット自体がP2Pネットワークである。インターネットにはLAN(屋内通信網)のようなサーバーとクライアントという区別がなく、世界中のコンピュータ(ホスト)が直接つながっている。それを使って膨大な違法コピーが行なわれていることも誰でも「認識」しているので、Winnyが違法ならインターネット・エクスプローラも違法である。金子被告が逮捕されるなら、ビル・ゲイツが逮捕されてもおかしくないのだ。

 この点は一審判決も認め、技術自体は中立だとしたが、被告に「著作権侵害の意図」があったとした。これに対して二審判決では、権利侵害を奨励しない限り違法とはいえないとしたので、P2Pソフト開発者は「これを使って違法コピーをしてください」と宣伝しないかぎり大丈夫だということになる。これによって著作権法がイノベーションを萎縮させる効果は小さくなり、日本でもP2P開発が再開されることが期待できる。インターネットで大量のデータが送られるブロードバンド時代には、P2Pは不可欠の技術だ。司法がやっとインターネットの常識に追いついたことを歓迎したい。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

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