World Voice

中東・アフリカから贈る千夜一夜物語

木村菜穂子|トルコ/エジプト/ケニア

中東で「信頼を失う」ということ ー トランプ政権の判断から考える

Odan 画像 - トランプ米大統領。イランをめぐる軍事判断は、中東での「信頼」という問題を改めて考えさせるものである

アメリカ・イスラエルとイランの軍事衝突が報じられる中で、トランプ大統領の判断についてさまざまな議論が起きている。軍事的な効果や戦略の是非について多くの専門家が分析している。

トランプ大統領はこの攻撃について、イランの脅威に対する強い姿勢を示す必要があったと説明している。一方で、外交交渉が続いていたタイミングでの軍事行動だったことや、相手を出し抜くような形で行われた作戦だったことから、国際社会ではその政治的影響についても議論が広がっている。

こうした議論を見ながら、私は中東で暮らしてきた 17 年間の経験を思い出していた。

最初に断っておきたいのは、私はイラン社会を専門的に研究しているわけでも、イランに住んだ経験があるわけでもないということだ。イランを訪れたことはあるが、長く暮らしたのはヨルダン、トルコ、エジプトであり、私の経験の多くはアラブ社会に基づいている。

newsweekjp_20260305124425.jpg筆者撮影 - アンマンの街並み

ただ、中東という地域で 17 年間暮らし、人々と仕事をしてきた中で何度も感じてきたことがある。この地域では、政治でも日常の人間関係でも「ある一つのもの」が非常に大きな意味を持つ。

それは信頼と敬意である。

日本では外交や国際関係を語るとき、軍事力や経済力といった要素を中心に語られることが多い。しかし中東では、人と人との関係における信頼の感覚が、それと同じくらい、あるいはそれ以上に重要な意味を持つことがある。

この地域では、信頼は時間をかけて築かれる。だが、それを失うのは驚くほど簡単だ。

長く付き合えば、人々は本当に誠実に接してくれる。困ったときには助けてくれるし、時には家族のように扱ってくれることもある。しかし一度「裏切られた」と感じられると、その関係を元に戻すのは簡単ではない。

中東の人々は、外から見ると時に自由で、自分勝手に見えることもある。約束の時間が曖昧だったり、「任せておけ」と言いながら物事が予定通り進まなかったりすることも珍しくない。

だが同時に、彼らは敬意を払われることや約束を守られることに非常に敏感でもある。相手が自分を尊重しているかどうかを、驚くほど鋭く見抜く。そして一度「敬意を欠いた行動」と受け取られると、その評価は簡単には覆らない。

これは政治の世界でも同じだ。交渉の最中に突然攻撃する、あるいは相手を騙したと受け取られる行動は、この地域では非常に強い不信感を生む。それが戦略として正しいかどうかとは別に、「信頼を壊した」という感覚が残るからだ。

私はイランを訪れたことはあるが、イランで生活した経験があるわけではない。そのためイラン社会について断定的に語ることはできない。ただ、中東で長く暮らしてきた経験から感じることはある。この地域では、政治や外交の問題がしばしばプライドや面子の問題と深く結びついている。

「この状況はいつ終わるのか」と尋ねられたイラン人がこんな返答をしていた。「自分たちの気が済むまでだ」

正確な言葉は覚えていないが、意味としてはそういうニュアンスだった。つまり、外から見れば軍事力の差や戦略の問題に見える出来事でも、当事者にとっては尊厳が傷つけられた問題として受け止められることがある。その場合、物事が終わるタイミングは必ずしも外側の論理では決まらない。当事者が「面子が回復された」と感じるかどうかが重要になる。

交渉が続く中で行われた今回の軍事行動をめぐる議論を見ていると、軍事的な効果や抑止力の観点からの分析は多い。しかし中東という地域では、そうした合理的な計算だけでは動かない側面もある。相手がどう感じるか、どのように尊厳を傷つけられたと受け取るかという問題が、政治の動きに大きく影響することがあるからだ。今回の人を出し抜くような作戦は、イランの体制支持派のみならず、反体制派の中にすら嫌悪感を抱いた人がいたかもしれない。

中東で仕事をしていると、よく言われる言葉がある。信頼は時間をかけて築くものだが、失うのは一瞬だ。

私はツアーコンサルタントとして現地の旅行会社やドライバーたちと長く仕事をしてきた。彼らと信頼関係を築くまでには時間がかかった。約束を守ること。誠実に仕事をすること。相手を理解し尊重すること。そうした小さな積み重ねの中で、少しずつ信頼が生まれていく。

そして一度信頼関係ができれば、人々は驚くほど力を尽くしてくれる。それがこの地域の人間関係の強さでもある。そして時には、その信頼関係が自分の身を守ることにつながることもある。

実は私自身、ヨルダンで理不尽なトラブルに巻き込まれ、裁判沙汰になったことがある。相手は、私が外国人である以上 誰からも守られず、自分が完全に勝つと考えていたのだろう。

しかしその時、すでに私は現地の旅行会社や関係者たちと信頼関係を築いていた。彼らは事情を理解し、私を全面的に守る側に回ってくれた。結果として、その裁判は相手にとって大きな誤算だったに違いない。私は結果的に、アラブの人々に守られる形になった。

ヨルダンで暮らしてきた中で、私が何度も感じてきたことがある。私を泣かせるのもアラブだが、慰めてくれるのもまたアラブである。

厳しい出来事に直面することもあれば、理不尽に感じることもある。しかし同時に、困ったときに本気で助けてくれるのもまた、この地域の人々だった。

もっとも、外から見ると、アラブはしばしば「人を簡単に裏切る」と語られることもある。しかし、私が長く付き合ってきた人々を見ている限り、本当に信頼し尊敬している相手に対して裏切り者になるということは、実際にはほとんどないように思える。むしろ逆で、一度信頼関係が築かれると、驚くほど誠実に尽くしてくれることも多い。

newsweekjp_20260305124714.jpg筆者撮影 - 砂漠で紅茶を囲み語り合うベドウィンの男性たち。中東社会では人と人との信頼関係が重視される。

だからこそ、この地域では信頼を勝ち得ることがとても重要になるのだろう。

そしてもう一つ、私が中東で暮らしていて感じてきたことがある。中東という場所は、驚くほど人間臭い社会だということだ。

合理性だけで物事が動くわけではない。信頼、敬意、プライド、感情。そうした人間的な要素が、時に政治やビジネスよりも大きな力を持つことがある。だからこそ、この地域で物事を進めるためには、結局のところ誠実さで向き合うことが何より大切なのではないかと私は感じている。

この地域、中東で本当の意味で成功するためには、外交であれビジネスであれ、やはり信頼されること、そして敬意を勝ち得ることが鍵になるのではないかと思う。それは一朝一夕で築けるものではない。時間をかけて関係を築き、約束を守り、相手を尊重する。その積み重ねの中で、ようやく信頼は生まれる。

そして、その信頼は一度失われると簡単には取り戻せない。だからこそ、この地域で物事を動かそうとするなら、信頼と敬意という土台を無視することはできないのだろう。もしそれを短期間で動かそうとすれば、そこに無理が生じる。信頼は、軍事力や戦略とは別の、しかし同じくらい重要な要素だからだ。

ただし、この政治文化や中東の考え方が今後もまったく同じ形で続くとは限らない。中東世界は社会が非常に若く、インターネットやグローバル経済の中で育った世代が急速に増えている。彼らは従来の価値観を完全に否定するわけではないが、より現実的でオープンマインドだ。

現在この地域の政治を動かしているのは依然として長い経験を持つ世代であり、その政治文化や判断基準が外交や国家の意思決定に強く影響しているのも事実だ。本当の意味で世代交代が起こるには、まだ少し時間が必要なのかもしれない。世代交代が本当に起こった時の中東は今とは全く別の姿に変わるかもしれない。

今回のトランプ大統領の判断をめぐる議論を見ながら、私は中東で過ごした 17 年間の経験、そこで出会った伝統的な考え方、そしてこれから先の中東の可能性について、改めて思い巡らしている。

 

Profile

著者プロフィール
木村菜穂子

中東在住歴17年目のツアーコンサルタント/コーディネーター。ヨルダン・レバノンに7年間、ドイツに1年半、トルコに7年間滞在した後、現在はエジプトに拠点を移して1年目。ヨルダン・レバノンで習得したアラビア語(Levantine Arabic)に加えてエジプト方言の習得に励む日々。そろそろ中東は卒業しなければと友達にからかわれながら、なお中東にどっぷり漬かっている。

公式HP:https://picturesque-jordan.com

ブログ:月の砂漠―ヨルダンからA Wanderer in Wonderland-大和撫子の中東放浪記

Eメール:naoko_kimura[at]picturesque-jordan.com

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