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現代のDVにつながっている例も...日本兵たちの「戦争トラウマ」が数十年後にまで影響

2025年8月17日(日)19時30分
印南敦史(作家、書評家)

「国のために俺らがどれだけ手を下したか知ってるのか!」

1914年に生まれ、幼少時に島根県内の裕福な家庭の養子に入った祖父は、満州事変が勃発した1931年に陸軍に志願して満州へと渡った。しかし過酷なしごきを受け、「満州は暴力にあふれていた」と何度も繰り返したそうだ。

中国語とロシア語を多少は話せたため、ほどなく治安維持を担う取調室に通訳として配属される。任務は、「犯罪者」として連行された中国人やロシア人の尋問への立ち会い。そこでは、殴られ蹴られる人たちの「助けてくれ」「やめてください」という悲鳴をひたすら通訳した。

満州事変の停戦協定締結直前、祖父は駐屯地近くで抗日パルチザンに撃たれて負傷。「体が吹っ飛ばされてから、『ドン』という音で頭の中がめちゃくちゃにされる」感覚は、しばしばフラッシュバックして彼を苦しめた。

そののち療養生活を経て帰国し、1938年に結婚。その6年後に生まれたのが尾添の父だった。先述したように尾添は祖父と同居することになるが、優しいはずだった祖父の別の一面を目の当たりにする。


 祖父が亡くなる3カ月前のことだ。尾添が学校から帰ると、居間から祖父の怒鳴り声が響いていた。聞いたこともない声量と声色だった。
「日本にあだをなすシナ人(中国人を意味する差別用語)を......」「国のために俺らがどれだけ手を下したか知ってるのか!」「正義(だったということ)にしないと俺は死んでしまう」
 祖父が父につかみかかっていた。柔道経験があり、体も1回り大きい父が、やせ細った祖父を押さえ込むのに必死だった。部屋の入り口でぼうぜんと突っ立っている尾添を見ると、祖父は全身の力が抜けたように床にへたり込んだ。(187ページより)

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