最新記事

ウクライナ情勢

犠牲になっても、今なおロシアを美化してすがる住民たち──言語、宗教、経済...ウクライナ東部の複雑な背景とは

LIVING UNDER SIEGE

2023年2月24日(金)18時44分
尾崎孝史(映像制作者、写真家)

230228p30_TRP_02.jpg

ロシア軍に破壊されたドネツ川の橋(1月12日、ザキトネ) TAKASHI OZAKI

ソレダールから北に20キロの所にあるシベルスク。20世紀初頭、セメントやガラスの原料になるドロマイトの採鉱場ができたことで発展を遂げてきた街だ。国連人道問題調整事務所(OCHA)によると開戦前にいた住民約1万3500人のほとんどが避難し、1月時点で残っているのは1700人ほどだという。

街に入ると激しく破壊された学校や大きな穴が開いた集合住宅などがあり、被害の大きさが際立って見える。水、電気、ガスはおろか、電話での通信も困難だという。住民の1人に電話番号を聞いたところ、「通じないから無駄だよ」と言って断られた。私にとってウクライナで初めての経験だった。

なぜ避難せず、ここに残っているのか。支援物資を配り終えた後、マリウポリ聖職者大隊のバレラ・オレゴビッチ(23)に通訳を頼んで、住民たちに聞いてみた。親ロシア派で元教師のオルガ・ウラジミロブナ(78)はこう話す。

「ご覧のように私のアパートも壊れています。でも、どこへ行けばいいのでしょうか? 誰も私たちを必要としていない。ウクライナと友好関係にあったときはよかったのですが」

2001年の国勢調査では、シベルスクでウクライナ語を話す住民は77%、ロシア語は23%だった。だがこのアパートの住民のほとんどは、いわゆるロシア語話者だ。

14年のマイダン革命で親ロシア派のビクトル・ヤヌコビッチ大統領が退陣に追い込まれて以降、シベルスクはウクライナ軍と親ロシア派民兵集団との戦いの場となっていた。

オルガの話を聞いたバレラが言葉を挟んだ。「街を壊しているのはロシア人なんだから、彼らに怒らないと駄目でしょ」

近くで話を聞いていた鉱山労働者のデムチェンコ・アナトリエビッチ(56)がバレラの近くに歩み寄り、問いかけた。「彼らとは誰ですか?」

バレラが切り返す。「ロシア兵です。マリウポリでは子供や母親まで殺されたのです」

オルガが反論する。「ここでは1人のロシア兵も目にしていません」

背後にいた男性が割って入る。「われわれは国境に軍隊を配備して住民を保護し、人道的援助をもたらすことができる。おまえ、来る場所を間違えたな」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮の金総書記、新誘導技術搭載の弾道ミサイル実験

ビジネス

アングル:中国の住宅買い換えキャンペーン、中古物件

ワールド

アフガン中部で銃撃、外国人ら4人死亡 3人はスペイ

ビジネス

ユーロ圏インフレ率、25年に2%目標まで低下へ=E
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 10

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中