最新記事

東南アジア

最後の言論の自由が奪われる 総選挙控えたカンボジア首相、独立系メディアの免許剥奪

2023年2月22日(水)19時50分
大塚智彦
ネットメディアVODのオフィス

突然閉鎖に追い込まれた独立系ネットメディアVODのオフィス CINDY LIU / REUTERS

<事実上の一党独裁体制がより堅固なものになるのか......>

カンボジアのフンセン政権は2月13日、政府批判など国民の立場に立った言論活動を続けていた独立系ネットメディア「ボイス・オブ・デモクラシー(VOD=民主主義の声)」のメディアとしての免許を停止することを関係機関に命じた。

これにより14日以降VODのウェブサイトへアクセスできない事態に陥っている。

VODは政府による言論弾圧が続くカンボジアで唯一残されたメディアといわれ、過去約20年間にわたって社会の不正や政府の腐敗を鋭く追及。国民や国際社会から注目されたメディアだった。

フンセン政権は7月23日に総選挙を控えており、選挙前にメディアによる政権批判を封じ込めようとの思惑が今回のVOD閉鎖命令になったとみられている。

引き金は首相の息子批判

今回の免許取り消しはフンセン首相の長男であるフンマネット国軍副司令官に関わる報道が直接的なきっかけになったとされている。

それは2月9日にフンマネット氏がトルコ・シリア地震被害に対する政府支援金として1万ドルの政府支出を承認したことが「重大な権限違反」としてVODが報道したことにあるという。カンボジアの法律ではこうした対外援助を承認できるのは首相のみとされている。

フンセン首相は自分が不在だったため息子が代わって承認したもので「なんら問題ない」とフンマネット氏の承認を正当なものであると主張している。

フンマネット氏はフンセン首相の後継者の最有力候補であり、身内でもあることからカンボジアではフンセン首相とならんで「アンタッチャブル(触れることのできない)」な存在となっており、VODの報道はその一線を越えてフンセン首相の怒りを買ったとの見方が有力だ。

独裁政権への歩み フンセン首相

カンボジアは一部の独立系メディアを除いて報道の自由は存在しないマスコミ暗黒の国とされてきた。それはとりもなおさず1998年から続く長期独裁政権を続けるフンセン首相の強権弾圧政治の反映でもある。

実質的な1党独裁国家ともいわれるカンボジアはフンセン首相による政敵排除と反政府系メディア弾圧が特徴とされている。

2017年にはフンセン首相の専制を批判する野党救国党のサム・ランシー党首を逮捕、告訴(名誉棄損)などで辞任させ、後継者のケム・ソカー氏も逮捕するなどして救国党を解散に追い込み、フンセン首相の人民党の実質1党支配が現在まで続いている。

サム・ランシー氏はフランスに亡命しており現在もカンボジアへの帰国ができない状況が続いている。

フンセン首相は元々ポルポト率いるクメール・ルージュの下級指揮官だったが、ポルポトの極端な政策に嫌気をさしてベトナムに亡命、ベトナムがカンボジアに侵攻してポルポト政権を倒すと同時にカンボジアに帰国。以後、政治家として着実に地歩を固め、連立政権を組んでいたフンシンペック党のラナリット殿下が外遊中の1997年に軍事クーデターを起こし最終的に実権を掌握したという過去がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ヘイリー氏を副大統領候補に検討との報道

ビジネス

米石油・ガス掘削リグ稼働数、3週連続減少=ベーカー

ワールド

焦点:中国農村住民の過酷な老後、わずかな年金で死ぬ

ワールド

アングル:殺人や恐喝は時代遅れ、知能犯罪に転向する
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 3

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの文化」をジョージア人と分かち合った日

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ウクライナの水上攻撃ドローン「マグラV5」がロシア…

  • 6

    横から見れば裸...英歌手のメットガラ衣装に「カーテ…

  • 7

    「未来の女王」ベルギー・エリザベート王女がハーバー…

  • 8

    「私は妊娠した」ヤリたいだけの男もたくさんいる「…

  • 9

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 8

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中