最新記事

人権問題

「国連が難民たちを実験動物に」 シリア難民キャンプの生体認証決済に倫理面で疑問の声

2022年12月18日(日)18時52分

これに対して国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の広報担当者は、難民から個人データ収集の同意を得る際に、その目的を説明していると主張。「UNHCRは身体データを他のどのような組織とも共有はしていない」と明言した上で、もし難民が虹彩認証システムを使わないと決めても同じレベルの支援を受けられると付け加えた。

保護法制の欠如

戦争や貧困、迫害から逃れる人が増え、世界中で自然災害も記録的な規模で発生している中で、各国は入国者の動きを追う上でデジタル技術を駆使するようになってきた。

ただ各国や支援機関などがこれらの技術は効率性を高め、無駄な資源投入を減らすと強調する一方で、立場の弱い難民などは監視対象になったり、個人データを商業利用されたりするとの批判がある。

デジタル人権団体アクセス・ナウの中東・北アフリカ政策マネジャー、マルワ・ファタフタ氏は「これらのデータが悪意を持つ者たちの手に渡ったらどうなるか」と述べ、強力な個人情報保護法制が整備されていない国にいる難民は、法的な守りという面も乏しいと警鐘を鳴らした。

ファタフタ氏は「個人識別のために身体データを集めるという行為は、相当侵害的な認証方法だ。必要不可欠でも相応な措置でもなく、国連が本来従うべきプライバシー保護の国際基準に違反している」と訴えた。

UNHCRは既に、バングラデシュのロヒンギャ難民キャンプで個人データを収集した問題で批判に直面。人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチは昨年のリポートで、データの及ぼす影響に関してUNHCRが全面的な調査をしなかったばかりか、幾つかのケースでは難民データをミャンマー政府と共有することに同意を得ていなかったと指摘した。ミャンマー政府はロヒンギャを迫害した当事者だ。

歓迎の声も

国連から委託され、アズラクのシリア難民キャンプで虹彩認証決済システムを実際に運営しているアイリスガードのディレクター、サイモン・リード氏は、同社としてはいかなる難民データも保存していないと説明。暗号化機能が内部にあり、欧州連合(EU)の一般データ保護規則(GDPR)も順守していると話す。

シリア難民の1人、モハマド・ジャバーさんは、自分の身体データに誰がアクセスしたかは気にならないし、USHCRを信頼していると述べた。

この決済システム導入まで、ジャバーさんはデビットカードのようなIDカードを使わざるを得ず、すぐどこか違う場所に置き忘れたり、暗証番号を忘れてしまったりする面倒な問題があったが、「以前よりずっと状況は良くなった」という。

(Nazih Osseiran記者)

[ロイター]


トムソンロイター・ジャパン


Copyright (C) 2022トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米財務長官、ロシア凍結資産活用の前倒し提起へ 来週

ビジネス

マスク氏報酬と登記移転巡る株主投票、容易でない─テ

ビジネス

ブラックロック、AI投資で各国と協議 民間誘致も=

ビジネス

独VW、仏ルノーとの廉価版EV共同開発協議から撤退
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 2

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 3

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 4

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 7

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    「香りを嗅ぐだけで血管が若返る」毎朝のコーヒーに…

  • 10

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中