最新記事

インフラ

「もうどうでもいい」 逆襲ウクライナの「急所」を、気まぐれイーロン・マスクが握る不安

Rich Men Aren't Saviors

2022年11月30日(水)11時26分
オルガ・ボイチャク(シドニー大学講師)、テチアナ・ロコト(ダブリン市立大学准教授)
スターリンク衛星通信システム

スペースXが運用するスターリンクの衛星通信システム SPACEX

<戦争を支えるスペースXの衛星通信網「スターリンク」。しかし、提供者のイーロン・マスク頼みでは戦い続けられない>

あれは10月3日のこと。アメリカの大富豪イーロン・マスクがとんでもない見当違いのツイートをした。ウクライナでの停戦提案なのだが、およそ役立たずで、ロシア側を喜ばせるだけのものだった。クリミア半島をロシアに割譲し、その他のロシア占領地域では住民投票をやれなど、途方もない話ばかりだった。

当然、ウクライナ人をはじめ、各方面から猛烈な非難の声が上がった。すると腹に据えかねたのか、マスクは10月14日のツイートで、もうウクライナに無料でスターリンクは使わせない、使いたければアメリカ政府が料金を払えと要求した。

ところが2日後には気が変わったらしく、「もうどうでもいい......ウクライナ政府には今後も無料で使わせる」と書き込んだ。

2月24日にロシアが軍事侵攻を始めて以来、マスクはウクライナ側と友好的な関係を築いてきた。開戦後すぐ、自分の会社スペースXの構築した衛星通信網「スターリンク」をウクライナ側が無料で使えるようにした。おかげでロシアのサイバー攻撃やインフラ破壊に遭った地域でも、軍隊や住民はインターネットに接続できた。

スターリンクは人工衛星を中継基地としたインターネットの高速通信網で、光ファイバーの回線や携帯電話の通信網を破壊されても使える。端末はすごく小さいから、住宅や車の屋根、畑の真ん中にも設置でき、空さえあれば天候に関係なく使える。

端末はスマートフォンで操作でき、通信アンテナとWi-Fiルーターを含めたハードウエア一式で通常は600ドル弱(ほかに月額料金が必要)。デバイスの盗難対策も取られている。

ただし、いまウクライナにある約2万台のスターリンク端末のうち、スペースXが寄贈したものは20%に満たない。それ以外はアメリカやイギリス、ポーランドが提供したものか、ウクライナ政府の資金や民間の寄付で買ったものだ。本来は民生用の技術だが、今はウクライナ軍が使っていて、ロシア軍に対する反撃を支えている。

なのに、マスクはこう言い出した。自分の会社は衛星の打ち上げ費用と維持費で毎月2000万ドルの赤字を出しており、ウクライナにおける「地上局の維持費やネット接続の料金」も負担している。ウクライナできちんと利用料を払っている端末は1万1000台に満たないが、それでも自分の会社はロシアのサイバー攻撃や通信妨害にきちんと対処している......。

民間部門に頼り切りになる危険性

マスクが何を言いたいのか、どの端末のアクセスを止めたいのかは分からない。いずれにせよ発言は二転三転しており、先が読めない。

この悲惨な混乱から学ぶべき教訓は何か。自国の領土を守り、敵からの攻撃に強いネット接続環境を構築する戦いにおいて、ウクライナは民間部門に頼り切ってはいけないということだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

金正恩氏、北朝鮮の国際的地位を強調 党創建記念式典

ワールド

台湾総統、双十節演説で「台湾ドーム」構想発表 防衛

ワールド

印ITサービスTCS、第2四半期は予想上回る増収 

ビジネス

伊フェラーリ、30年売上高目標が予想に届かず 株価
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル賞の部門はどれ?
  • 3
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 4
    あなたは何型に当てはまる?「5つの睡眠タイプ」で記…
  • 5
    50代女性の睡眠時間を奪うのは高校生の子どもの弁当…
  • 6
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 7
    史上最大級の航空ミステリー、太平洋上で消息を絶っ…
  • 8
    底知れぬエジプトの「可能性」を日本が引き出す理由─…
  • 9
    いよいよ現実のものになった、AIが人間の雇用を奪う…
  • 10
    米、ガザ戦争などの財政負担が300億ドルを突破──突出…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 3
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    赤ちゃんの「耳」に不思議な特徴...写真をSNS投稿す…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    祖母の遺産は「2000体のアレ」だった...強迫的なコレ…
  • 10
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 9
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 10
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中